訪れ帖

 


[900] 邪道? -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2003/12/17 00:30:07 del:

仏像をコンピューターで比べるなんてのは邪道かもしれないであります。うん。
顔の変化なんて見れば分かるであります。


コンピューター時代 -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/17 18:14:19 del:

 コンピューター時代の申し子のような(?)奈良さんがそんなことを言うなんて意外だなぁ〜。
 奈良さんが仏像をみて時代や様式を判断出来るのは、頭の中のデータベースと照らし合わせているからで、データが多ければ多いほど正確な判断が出来るのです。
 骨皮代表が、浄瑠璃寺の九体阿弥陀の違いを言葉で説明できないと藤原時代の仏像を理解したとはいえないと言われたのは、頭の中のデータが如何に明確に整理されているかと言う事なのでしょう。
 人間の記憶は時として曖昧ですので、総合的な判断や、より高度な判断は人間がするとしても、基礎的な正確さを要求される部分はコンピューターに任すほうが効率的です。
 正確さや速さを要求されるときは電卓を使うでしょう。あるいは、文献を調べるときは、別館の文献を利用するでしょう。計算の宿題に電卓を使うのは邪道ですが、何らかの判断をするために電卓やコンピューターを使うのであれば、それは正道です。
 大学の美術史の先生が、最近の学生は「古佛のまなざし」の文献リストを安易に利用して、自分で文献を探す苦労をしないと嘆いているそうですが、苦労して探す時間を多角的かつ深く考察する時間に使っているのであれば、それはそれで意味のあることなのだと思います。というか、これからの研究者はそうでなくてはいけないと思います。

 かつて、特徴を入力していけば、仏像の時代や種類が解るというプログラムを遊びで作ったことがありますが、パラメータとして入力する自分の知識がきちんと整理できていないと珍奇な解答が出てきてしまい、中々興味深かったです。




[898] 滝山寺 -投稿者: 菊亭晴竹 home page 返信 2003/12/16 01:07:04 del:

前の日曜日に有志で三河岡崎へ行きました。岡崎美術博物館の特別展最終日に滑り込み見学、そして滝山寺へ行って例の三尊を全て見学しました。詳しくは奈良ちゃんが連載に書いてるのでそちらを参照下さい。
この見学行により、奈良から岡崎までたったの二時間余で行ける事を確認しました。伊勢湾岸高速は素晴らしい!愛知県も日帰り見学の許容範囲に入ってきたか、という感じです。


名港トリトン -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/16 19:36:36 del:

 「名港トリトン」は如何でしたか?道路公団民営化の波の中、混雑する場所だけは何とかしてもらいたいですね。東京も湾岸道路が出来てから随分解消しましたが、連休時の東名や中央高速の渋滞だけは、一向に解消されません。
 春の旅行は、三ヶ日、岡崎辺りを考えていますが、やはり東京からは遠い!。

 滝山寺の諸像の作者について、色々意見が分かれるようです。先日、快慶作の仏像の面相をコンピューターで平均化して、その変化を調べるという試みが発表されていましたが、その結果だけで議論できるかどうかはともかく、今までよりもう少し定量的なアプローチが検討されて来ても良いのではないかと思います。




[896] バーディーズ -投稿者: 菊亭晴竹 home page 返信 2003/12/14 01:18:24 del:

今日、会社の帰りに骨皮氏の属する模型サークル「バーディーズ」の面々と飲みに行きました。聞くところによれば、昔は「興福寺阿修羅像」や「東大寺戒壇院四天王」のプラモデルが存在したとか。初耳でした。
奈良の寺院の建築模型の話などで盛り上がりました。「平等院鳳凰堂」の木製模型もあるらしく、価格は高いが興味をそそりました。ちなみに木造模型メーカーの「アートモデルケイワン」さんが我々のHPにリンクして下さっているお蔭で、建築模型のファンの方々が時折メールを送ってくれますが、そのなかにこんな質問が。
「寺院建築模型の中に入れる仏像を造ってくれませんか?」
これはちょっと・・・うーん。


仏像のフィギュア -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/15 01:32:39 del:

 木製の薬師寺三重塔なんか組み立てたらさぞかし立派でしょうね。確かにそそるものがあります。
 仏像のフィギュアは、カバヤのお菓子のおまけであるそうで、それを集めたサイトもありますね。

 これなら結城さんにも怒られない?
 もっと怒鳴られるか?
 




[894] 不発 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2003/12/13 00:21:22 del:

春日定慶は、どうやらダメみたい。
もう終わりにしましょう。


もう終わりにしましょうなんて言わないで -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/13 18:36:22 del:

 弱気な結城さんを初めて見ました。
 ますますファンになりそう(^^;)。
 でも、結城さんはいつもエネルギッシュで張り切ってないと!
 ここの訪れ帖はこれが普通の調子ですから。
 
 でも、女性から「もう終わりにしましょう」なんて言われたら心穏やかではいられません。
 造東大寺司無き後などというのはどうでしょう。黒田さんと被ってしまいますか?




[890] 春日定慶 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2003/12/10 22:05:06 del:

あー、もうー、新さんは何やってるわけ?ハワイ攻撃?そんなもの押入れにしまっときなさい!
クイズが追悼文によって中段してしまって、あれを戻すのは難しいでしょうね緒方先生。
どうもこのところこの板が停滞気味なのですね。ここはひとつ派手にパーッと明るい話題を繰り広げて欲しいものですね。やっぱこう何か、春日定慶あたりでも復活してみるのはどうですか?嫌ならいいんですけど。


押し入れに入りません -投稿者: 菊亭晴竹 home page 返信 2003/12/11 18:40:01 del:

結城さんの「軍拡反対の声」に圧倒されつつもひそかに艦艇が建造されるのです。うーん軍備の拡大はいつでもどこでも人目をはばかるものですな。しかし、押入れには入りません。というより押し入れそのものがありません。
今日の休みは雨、ひたすら模型にうちこみ、やっと「赤城」が完成したのです。仏像記事書くよりは楽ですね。無我夢中というのも悪くないものです。精神衛生にはいいのかもしれません。




[889] わが模型道 -投稿者: 菊亭晴竹 home page 返信 2003/12/10 21:36:24 del:

月曜日の開戦記念日に日本橋へ模型を買いに行きました。(仏像はどうした仏像は!?と自分でも怒鳴りたくなります)もはや泥沼か。
予定ではハワイ攻撃の空母部隊を購入する積りでしたが・・・・。
「赤城」3000円「加賀」3000円「蒼龍」2500円「飛龍」2500円「榛名」3000円「比叡」3000円。
主力艦だけでこの価格。なんでや!!ハワイ攻撃はやったらアカンのか?と言いたくなります。
骨皮大佐の方は、地道に日本郵船商船隊造ってるそうですが、どこで資料見つけてくるんでしょうか。「興洋丸」とか「淡路丸」とか。貨物船客船だけで五十隻を数えるわけですよ。あの情熱が仏像に集中したらどういうことになるんでしょうか。


戦艦だけではないのですか -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/10 23:08:03 del:

 仏像の本を揃えることに比べたら、安いものでは?
 それにしても、骨皮代表の興味は戦艦だけではないのですか!




[888] 大津皇子鎮魂の寺 -投稿者: 出雲美希 home page 返信 2003/12/10 00:13:57 del:

前の書き込みの補足です。
当麻寺の次に加守廃寺遺跡に連れていってもらいました。六角形の仏殿遺構が出た事で有名なこの古代寺院遺跡は二上山の中腹にあり、薬師寺縁起では大津皇子の鎮魂のために建立された寺と記されます。二上山には大津皇子の墓がありますが、宇喜多さんの話では山上にあるのは「拝み墓」で、実際の墓はもっと麓にあるのでは、ということでした。同時期の豪族クラスの墓である鳥谷口古墳も見学しました。大津皇子の墓もああいったものではないか、との宇喜多さんのご説でした。また加守廃寺遺跡からは金銅製骨蔵器が出たのですが、これは東京博物館に持って行かれたので奈良では見られません。寺院遺跡は他にも幾つかありまして、いまでこそ当麻寺と石光寺しか残っていませんが、かっては五、六の寺院が二上山の周囲に立ち並んだ盛観があったことと思います。
大和の考古学って面白そうです。日本の古代遺跡シリーズの奈良県4分冊が考古学入門に最適だと聞きましたので、京都市内の古書店巡りで探してみようと計画しています。


大津皇子 -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/10 23:07:06 del:

 加守廃寺もそうですが、薬師寺自体も大津皇子鎮魂に関わった寺でもあります。
 持統天皇に謀反の罪で自刃させられた大津皇子の墓所としては、やはり二上山の頂上ではなく麓の山あいが相応しいですね。鳥谷口古墳そのものではないでしょうか。




[887] 二上山 -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/09 17:36:50 del:

 かつては、二上山を通る竹内街道は、難波からの玄関口だったわけですから、多くの人がそれぞれの思いを抱いて通っていったことでしょう。
 神戸からも晴れた日は、ラクダのこぶのような二上山が望めましたが、今はどうでしょうか。

 当麻寺と言えば、先日、銀座にオープンしたお店に行きましたが、そのお店のロゴは当麻寺の御住職に書いて頂いたとのことで、お手元や、ナプキンなどもそのロゴで統一された洒落た物でした。
 そのお店の最上級の間(壁から天井まで金沢の職人が来て貼ったという金箔の内装や、重厚な輪島塗の扉!)で辻清明氏の器で頂く贅を尽した食事は、いやー、立派でした。
 もう一生経験する事はないだろうと思いますが。




[885] 二上山 -投稿者: 出雲美希 home page 返信 2003/12/08 23:22:56 del:

クイズ企画が進まないみたいですので、別の話題を書き込みます。
昨日、皆さんと馬見史跡公園、二上山博物館、当麻寺へ行きました。天気は快晴でしたが風が冷たかったです。馬見古墳群は宇喜多さんの解説でよく理解出来、帆立貝式古墳の実態も初めて見ました。出雲は方墳の多い地域なので、円形そのものが「大和」を感じさせてくれます。
二上山博物館は旧石器がメインの珍しい博物館です。源信の特別展よりもサヌカイトの荒々しい生々しさに感動しました。出雲隠岐は黒曜石の産地なので、サヌカイトにもまたまた「大和」を感じてしまいました。
当麻寺は伽藍全体が古代からの遺構であるのが素敵でした。東塔も西塔もそれぞれに建立時期の味わいがあり、金堂の白鳳塑像のボリュームは圧倒的でした。同時期に建っていた出雲国新造院の仏像たちの姿がなんとなくイメージ出来ました。いまの私たちのHPのトップを飾るあの四天王像にも出会えました。本物に出会えるのは素敵なことです。その素敵さの中には数え切れない沢山の「物語」がつまっているのでしょう。遥かなる古代大和の幻想は、私にとっては単なる夢ではありませんでした。手を伸ばせば届きそうな、そんな至近距離にあったのでした。
黒田中佐殿が二上山の夕日に感動していましたが、私はなにか厳粛なものを感じました。日が沈む山の姿には「来世」と「黄泉」がシンポライズされてきます。この山の麓に生まれた源信が阿弥陀来迎の思想を持ったのも、二上山への意識ゆえだったのかもしれません。


出雲さん、いいなあと -投稿者: きむちゃん 返信 2003/12/09 12:46:58 del:

京都に住むことになって、
奈良へも至近距離で、
二上山の夕日も見られたのですね。
そうです、ですからそこに当麻寺があるのです。

奈良町からの二上山は、ただの山々の端っこですから。




[884] 考察 -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/06 01:27:56 del:

 緒方さんの説、非常に説得性があり、思わず感心してしまいましたが、「目録」と合致しないのが残念です。
 波多野さんとの関係は、普通に考えれば、出身地である兵庫県、或いは少し範囲を広げて三丹地方と考えるのが自然でしょう。
 また、カヤ材は、『十一面神呪心経義疏』に、仏像の用材について「(白檀を)求めて得ざればまた栢木を以て像を作るべし」とある「栢木」当たる材質とされており、檀木を産しない日本では、唐招提寺、大安寺の木彫群など、天平時代末から平安時代初期の仏像の用材として多く使用されています。これをヒントとしていることから、これに近い制作年代と考えられている像と思われます。
 文化財に指定されていない事は、後補の部分が多いか、地方的な形式の像なのかも知れません。
 像高141.8cmというのは半丈六の坐像か、檀像風の立像と思われますが、「秘仏には立像が良く似合う」(私の勝手な格言です)事から、檀像風の像と考えましょう。

 以上の事から、もう一度考えてみよーっと。




[882] あれ? -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2003/12/05 00:31:21 del:

高見様、クイズは終了なんですか?
緒方さんが退却しているみたいですが・・。


とんでもない -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/05 01:27:27 del:

 何か鎮魂の黙祷の雰囲気になってしまいましたが・・・。
 悲しみを乗り越えて、我々は進んでいかなければなりません(チョット強引ですが)。
 緒方さんの解答にコメントしようと思ったら、居なくなってしまわれました。
 改めて、高山さんの問い掛けに、私なりの答えを出したいと思います。




[881] 合掌 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2003/12/03 23:43:12 del:

下の書き込みに接し、私も合掌し今後のクイズ展開を控えさせていたたせくことに致します。
それでは皆さん、これにて失礼いたします。




[879] 西村公朝仏師に -投稿者: きむちゃん 返信 2003/12/03 14:56:42 del:

合掌。


安らかに -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/03 23:07:43 del:

 平易な語り口と飄々とした風貌で、一部の専門家の領域であった仏像修理を、身近なものにしてくれたという功績は大きいものがありますね。




[877] はじめまして -投稿者: 波多野裕美 home page 返信 2003/12/03 00:08:53 del:

皆さん、はじめまして。
姉、波多野愛に代わり挨拶申し上げます。私も仏教美術が好きで大学で勉強しています。今日は京都の結城美穂さんのお宅にお世話になっています。ここは時々見学させてもらっていまして、毎回の書き込みが楽しくまた参考になります。
みなさんこれからも頑張ってください。
奈良さん、また一緒に平安京めぐりやりましょう!


出場したいな -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2003/12/03 00:15:45 del:

裕美ちゃん初の書き込みだー。やったね!
クイズ、出場したいんだけど写真見ちゃったから解答権が無いの。グスン。
でもあの写真は初めて見ましたね。顔のアップだけだったので全容は分からないです。




[876] ヒントは波多野さん -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2003/12/02 23:51:06 del:

緒方です。
高山氏の要請にお応えして、ヒントを波多野さんに関して考えてみたいと思います。
まずどういうふうにヒントとなっているかですが、波多野さんの関心のありかたにポイントがあるのではと考えます。これまで波多野さんが古佛上に発表してきた記事の仏像の年代を調べますと、白鳳から天平にかけてのものです。ところが彼女は大学では快慶を専攻されたそうなので、本来は鎌倉が専門のようです。したがって彼女は平安初期や藤原にはタッチしておらず、裏の裏まで考慮するとこの平安初期や藤原が怪しいということも出来ます。波多野さんは骨皮代表とよく見学行動を共にしていますので、たぶん藤原時代あたりに関心の中心がありそうに見えます。
また波多野さんがこれまでに見学してきた寺院への関心の高さもポイントとして想定されます。古佛上にて波多野さんが何度も関わっている事が明白になっている寺はそんなに多くなく、二年前の出雲路周遊記録(懐かしい!)と去年の鳥取県周遊旅行とで特に思いを述べている寺は清水寺ぐらいのものです。
興味深いことにこの清水寺には、60年に一度という奥秘仏本尊の密教系十一面観音菩薩坐像(藤原時代か)がありカヤの霊木で出来ているそうですが一般にはほとんど知られていません。古佛のメンバーの大部分が知らなくても不思議はありません。しかし骨皮代表ならば御存知だろうと思います。なぜならば骨皮代表は仕事の関係で一年余り鳥取県に住んでいて清水寺へしょっちゅう訪れていたことが記事でも明らかにされているので、清水寺の仏像は全部知り尽くしておられると考えます。清水寺は天台宗ですがかつては真言宗とも関わりを持ち、塔があり、立派な伽藍を伝え、他に仏像も多いです。これだけヒントに合致するとなると可能性は大です。波多野さんは、黒田副代表の従妹であり密教美術にも関心が高いと書かれましたので、密教系十一面観音菩薩坐像のような遺品についても知っている公算が大です。
以上の考察より、ここに島根県安来市の清水寺の十一面観音菩薩坐像が浮かび上がってまいりますので、今回の解答案として挙げたいと思います。




[874] 石塔の問題 -投稿者: 高山重友 home page 返信 2003/12/02 18:42:16 del:

石塔寺の塔クラスはまず含まれると思います。五輪塔とか宝ギョウ印塔は含まれないと思います。でもクイズではたぶん木造の塔を対象としていると考えます。
宗派の改宗が含まれるとなれば、解答範囲はものすごく広がってゆきます。高野山金剛峰寺と関係がある、というのは空海と関係があるという意味にも受け取れますか。そうなると真言密教の寺院がなんだか怪しくみえてきます。今年は黒田氏が副会長を務めておられますのでもしかすると「密教」がキーワードかもしれません。
ところで我々後援会が奈良本部の後を引き継いで生駒市の緒方氏宅に「奈良支部」を立ち上げることになり、パソコンの接続環境を奈良本部広報と共有しました。アドレスもサーバーもIPも一緒です。奈良本部広報がフリーメールを連絡用に使っていたのはこういう場合のためだったかと感心しております。
緒方中佐、波多野さんのヒントというやつを分析してくれませんか!




[873] 追伸 -投稿者: ゆうこ 返信 2003/12/02 14:41:06 del:

こちらには「まなざし」の皆さんもいらっしゃるそうなので追伸を。
いま時々出ている「中部仏像を考える」の連載を毎回楽しみにしています。東海の仏像にもいいのがタクサンありますが、なかなかネットではお目にかかれなかったので・・。
これからも続けて下さい。




[872] はじめまして。 -投稿者: ゆうこ 返信 2003/12/02 14:17:36 del:

はじめまして。東海地方の仏像ファンです。
こちらの仏像クイズ、楽しそうなので参加したいと思います。
ヒントに合いそうなのを愛知県岐阜県あたりに見つけましたので投票させていただきました。60年に一度というのは分かりやすいヒントだと思います。そういうのあんまりないと思いますので。




[870] クイズ参加希望 -投稿者: 高山重友 home page 返信 2003/12/01 22:31:28 del:

昨年のクイズで愚答を重ねたジュスト重友あらため高山重友です。前回は古佛サイトの雑記帳で誤答ばかり連ねましたが、いまは後援会有志の末席をけがしているためうかつな解答が出せません。
ここはほとんど古佛サイトとこちらのサイトの合同BBSですね。二つのサイトが同一BBSを使っているのはここだけではないですか。面白い方針だと感心しています。
二階堂君に先を越されましたが、僕は今回のヒントは前回より難しいので考えることすら進みません。一番分かり易かったのが「高野山金剛峰寺と関係がある」で、つまり高野山真言宗に属するという意味だと思います。
これでいくと管理人さんのリストの寺の幾つかは対象外となりますが・・。
石塔はまず気にしなくていいと思いますが建築の塔ならば平成のものでもアリ、だと思います。
これから一ヶ月楽しめそうです。よろしくお願いいたします。


こんにちは -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/02 13:04:53 del:

 こんにちは。こちらこそ宜しくお願いします。
 高野山金剛峰寺との関係というのは、お寺の改宗というのがありますので、創建や本尊の像立に空海や真言宗の僧侶が関った、と考えるのが良いと思っています。
 塔がある、というのは、ヒントの中でも対象を絞れる具体的な項目なので、逆に「塔」という言葉にちょっと裏を考えてしまいました。考え過ぎですか?
 今回には該当しないかもしれませんが、石塔寺の三重石塔なんかだとどうなんでしょう。


訂正 -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/02 18:53:29 del:

像立→造立




[868] クイズに参加します -投稿者: 二階堂頼政 home page 返信 2003/12/01 02:31:33 del:

初めまして、でしたか。私、緒方氏と共に古佛サイト後援会におります天理市の二階堂でございます。仏像クイズ、待ってました。さっそく参加させていただきます。
別コーナーの想定リストを拝見いたしましたが思ったより候補が多いのですね。塔のない寺もあるように見受けられます。秘仏だそうですが、文化財指定を受けていないのであれば古佛の秘仏リストを探しても無駄ですね。
ヒントがいずれも興味深いのですが、古佛の大部分のスタッフさんが御存知ないとなると相当のマイナー仏像なのかもしれません。波多野さんがヒントというのは、たぶん波多野さんが提案した仏像であるからで、波多野さんならば容易に思いつく種類の仏像なのであろうかと考えています。古佛で波多野さんは主に天平時代あたりの仏像を多く取上げておられますから、そのあたりに解答への鍵がありそうです。
いろいろつまらない考えを述べました。また参らせていただきます。


いらっしゃい -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/12/01 21:29:33 del:

 二階堂さん、こんにちは。
 前回も御活躍されていましたので、初めてのような気がしませんね。

 候補のリストは単なる例ですので、余り突っ込まないで下さい。
 塔は、現代の塔や、文化財指定の石塔なら有りかと考えてみました。
 他にあれば(攪乱の意味でも?)追記して下さい。




[866] クイズの解答権 -投稿者: 菊亭晴竹 home page 返信 2003/11/30 12:36:52 del:

菊亭です。こんにちは。このたび緒方氏がスタートさせたクイズ第二回目における解答権について。
骨皮氏と波多野氏は写真を見て即座に像の名前と年代と所蔵者を正確に言いましたから今クイズでの解答権はありません。私もありません。他のスタッフは写真を見ても全然答えられなかったので、みなさん知らないのだと思います。クイズの解答権を与えるかどうかは微妙なところです。基本的にはナシですな。
緒方氏以下後援会の皆さんには写真すら見せていませんから解答権はあります。
ちなみに、緒方氏の列挙されたヒント集は、私、菊亭が作りました。
更に問題の像のある場所について補足的ヒントを追加させていただきます。
11問題の像は寺の本尊である。
12その寺は多くの堂宇を今に伝える立派な寺である。
13寺には塔が現存している。
14高野山金剛峰寺と関係が深い。
15寺には他にも多くの仏像がある。


ウーン、難しい -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/11/30 22:11:06 del:

 クイズの解答権については、基本的には自己申告でどうぞ。
 ただ写真を見た方は少なくとも尊像の種類はご存じな訳ですから有利になってしまうかもしれませんね。
 でもまあお遊びですから・・・。
 波多野さんや金剛峰寺と関係というのが難解ですね。
 とりあえずコーナーにそれらしいものを並べてみます。




[865] 最初の考察 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2003/11/30 02:49:28 del:

早速考えてみました。重要なのはやっぱり波多野さんです。彼女にどう関係があるのでしょうか。六十年に一度の秘仏というのもチェックです。早速古佛の秘仏リストを調べてみましたが、どうもよく分かりません。しかし「目録」に収録されていることから、少なくとも知られていて教育委員会の報告書とかに載っている仏像と考えられます。




[864] 仏像クイズヒント2 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2003/11/30 02:43:40 del:

続いてヒント集2です。
6 古佛ページの「目録」に収録される
7 六十年に一度だけ開帳される秘仏である
8 国立博物館で一般公開された事がある
9 波多野愛さんがヒントである
10 骨皮さんと波多野さん以外の古佛ページスタッフ全員がこの像の存在を知らなかった

以上が骨皮氏および菊亭氏から示されたヒントです。聞いてて私も分かりません。丹念に「目録」を探してみますが、波多野さんがヒントだというのは何とも意味ありげでちょっとワクワクしてきます。今度も正解するように頑張ります。




[863] 仏像クイズヒント1 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2003/11/30 02:30:21 del:

緒方です。お待たせしました。
仏像クイズのヒント集1です。まず五つを。
1 日本の仏像である
2 古佛ページの「目録」に収録される
3 文化財指定を受けていない
4 カヤ材の一木造である
5 像高が141.8センチである 




[860] おはようございます。 -投稿者: まっくる 返信 2003/11/29 09:44:45 del:

近藤真琴さん、管理人さん、おはようございます。

卒論ではほとんど奈良仏師の、というか運慶中心の内容で書いていたので、同じ奈良仏師の人達の比較(父親との作風の違いやら、快慶との違い、湛慶との違いなど)や、定朝以下の有名仏師たちの作風なども当たってみたらもうちょっと濃い内容のものが書けたと思います。

院派・円派の作品がまだどこかにあるっていうのがまた夢がありますね。
定朝に関してもまだまだ不勉強なので、いろいろ論文や美術の本とか見ることができたら見ようかと思います。
ライバル派の研究も楽しみですし、定朝のことももっと調べてみるのもおもしろいと思いはじめました。

ずっと運慶関係の論文くらいしか読んでなかったからなあ。久野健さんや水野敬三郎さん、田中義恭さん、毛利久さん、小林剛さん、最近では副島弘道さん(『運慶 その人と芸術』という本だけですけどね。)という感じですかね。

京都で奈良仏師に先んじて、力を誇った院派・円派でしたが、やはり少しでも新しいものっていうのは上位の人達にはあったんでしょうが、なかなか抜け出すのは難しかったのかもしれないですね。
奈良仏師たちはまさに「奈良」の興福寺にいたことが、劇的な彫刻様式変化の大きな理由になったのかもしれないですね。


ブレークスルー -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/11/30 01:47:36 del:

 久野健、水野敬三郎、田中義恭、毛利久、小林剛ですか。懐かしい名前ですね。
 当時の仏師は芸術家ではなく、いわば職人ですから、注文主である上皇や藤原氏の意向を無視して自分の造りたいものを、という訳にはいかなかったでしょうね。
 時代をブレークスルーするには、非常なエネルギーを必要とします。
 慶派にしても、新しいものをというよりは、天平の写実に学び、結果として鎌倉彫刻の様式を確立していったのでしょう。




[857] 現存作品 -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2003/11/28 23:49:55 del:

まっくるさんへ。
古佛西日本スタッフの近藤真琴です。
院派・円派の、ガイド本の系図に載っているような有名な人達の現存作品を挙げてみましたら以下のようになりました。
院派−院覚、院朝、院尊
円派−長勢、円勢、長円、円信、明円
現時点で全く不明なのが院助と兼慶です。こうやってみるとかなり研究が進んで両派仏師の作品展開が分かるようになってきたことが分かりますね。
個人的には円勢や院覚あたりが興味ありますが、奈良仏師も捨てがたい。
院派、円派の仏師の作品は、まだまだどこかに未発見のものが存在していると思われます。定朝の作品が他にもある事が分かってきているぐらいですから、仏師作品の新発見は今後も相次ぐことでしょう。
ちなみにわれらの骨皮代表も定朝作の可能性が高い作品をまたひとつ見つけてきたようです。


ヒント? -投稿者: 管理人 home page 返信 2003/11/29 01:13:07 del:

 今度は円派で盛り上がりそうですね。
 大覚寺五大明王像は、藤原以外の何者でもない(言葉を換えれば藤原彫刻の限界)、と私は思いますが。

 でも、定朝作の可能性が高い作品、って、ひょっとしてクイズのヒント?


ヒントでは・・ -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2003/11/29 19:54:29 del:

残念ながら違います。その定朝作の可能性の高い仏像は、聞けば井上正先生と骨皮代表のお二人だけが見知っているそうな。




[856] こんばんは。 -投稿者: まっくる 返信 2003/11/28 21:31:30 del:

院派・円派の、ガイド本の系図に載っているような有名な人達の現存作品はあまりないのですね。
今の時代までしっかり残ってたら言うことはないのですがね。


運慶の願成就院阿弥陀如来像のことを卒論でやったものだから、運慶のつくったとされる仏像は全部見に行きたいのですがね。
あと、卒論では、院派・円派の作品にもう少し触れたかったですね。

山科さん、はじめまして。やっぱりどこか円派のトップも院派のトップもマンネリに気づいていたのかもしれないですね。
それでも流行の力っていうのは強かったのですかね。




[855] 明円 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2003/11/28 20:39:16 del:

明円か・・・(遠い眼で)
円派の最後の輝きだったのかなあ・・




[854] 査察 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2003/11/28 20:37:10 del:

インサイダー取引の疑惑があった場合は査察に入るそうですか。査察ってウチにそんなヤバイものあったかなー。
核はありませんねー。絶対。
対ネット被害対策システム「伊号潜水艦部隊」はありますが。でもあれは今稼動してないんだそうです。以前に全部引き揚げてそれっきりみたいです。でもその直後に管理人さまのサイトの偽メールが出回ったそうですが。





[853] 明円 -投稿者: 山科十萌 home page 返信 2003/11/28 20:28:27 del:

山科です。お久しぶりです。京都新本部移転準備のさなかの息抜きにこちらをのぞいてましたが完全にROMになってて、緒方さんや結城さんたちの書き込みを楽しんでおりました。
ここ数週間は仏師の勉強してまして、神様の仏師コーナー担当に私も含まれているのでなんとか頑張ります。三つもあるので大変!この前安楽寿院へ取材に行きました。
明円が珍しく取上げられています。大覚寺五大明王像には、貴族の好みの雰囲気はまだ残っていると思います。というより円派の基本線だけはしっかり守っているということでしょう。明円の興福寺復興造仏の作品が見たかったな、と思うのは私だけでしょうか。




[852] すみません。 -投稿者: まっくる 返信 2003/11/28 19:18:37 del:

下の説明分かりにくいですね。

私が卒論で奈良仏師、印派仏師、円派仏師の、12世紀半ば以降の説明を少しする部分で、「印派・円派はまだ貴族好みの仏像(ここでは藤原彫刻、定朝様彫刻のこと)を作っていたのだが」という説明のすぐあとに、参照として円派仏師明円の五大明王のうちの一体の写真を図版編に収めました。

今見てみると、貴族の好みの雰囲気は確かにないことはないと私は感じるのですが、それでも「写実的にはなっているな。」、「定朝様のまんまのマンネリものでもないな。」と感じています。

どうも説明下手ですみません。




[851] はじめまして。 -投稿者: まっくる 返信 2003/11/28 17:23:28 del:

『古佛へのまなざし』からここのサイトに流れてきました。
ここのBBSとはお友達サイトだということで
『古佛へのまなざし』を拝見しておりましたら、とても楽しく、大学時代の美術史ゼミのころのことを思い出し、苦しかったことや写真集つくりに奔走したことが昨日のことのようです。

あと、自分の卒論のアラなどもいろいろ浮かんできましたし・・・・。今じっくり考えれば明円の五大明王には、藤原彫刻の雰囲気はほとんど皆無なのに、「貴族好みの仏像を造像していたが・・・」という説明のところでその写真を入れてしまったり(でもまったく藤原彫刻の雰囲気がないわけではないと思うのだが)。

気づけば長々と失礼しました。

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