訪れ帖

 


[1150] 金銅仏の魅力 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2004/02/26 23:42:35 del:

高見様、例の里文出版の「金銅仏の魅力」につきましては、大和文華館の金銅仏関連図録の内容をそのまま一冊にまとめた感が強く、図録類を持っている人は、購入されると逆にガッカリする場合があるということも在り得ます。
というか、私自身が買って後悔しました。大和文華館の「百済新羅の金銅仏」「中国の金銅仏」「東アジアの金銅仏」と内容がほとんど変わらず、ある意味ショックでした。
したがって大和文華館の図録を持っている人は無理して買わない方が宜しいかと。でもこんなこと述べたら村田先生に睨まれるのは必定か。


購入の価値あり -投稿者: 美河梨絵 home page 返信 2004/02/26 23:47:29 del:

緒方先生、わたくし美河は大和文華館の「百済新羅の金銅仏」「中国の金銅仏」「東アジアの金銅仏」を持っていません!(とっても欲しいよ〜)
ですから私の場合は「金銅仏の魅力」を購入する価値が大いにありますね!よし二冊予約してこようっと。

高見様、お久しぶりです。ホームページも改装なさったのですね。時々BBSに入れない時があるのはまだ工事中だからでしょうか?


まわしものです -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/27 12:44:55 del:

 三冊とも持っているなんて人は、専門家と古佛の関係者位しかいないのでは?
 地域的、期間的にも入手が限定される図録等を、一般の人が手にすることができるようになったという見方もあると思いますが・・・。
 私は、決して里文の回し者では・・・あります(^^;)。

 ガドガード娘達の辛辣で温かいご指摘に、少しだけ反省し、改装しました。
 訪れ帖は、サーバーが別なので、改装とは関係ないと思いますが・・・。




[1148] 第601隊に指令下る! -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2004/02/26 21:30:03 del:

近藤です。
黒田副代表より指令メールが来ました。
「第601隊待機、今度こそ神様との約束を果たそう。時間がかかっても、やり遂げましょう」という内容でした。
もうすぐです。お待ちのほどを。


こちらこそ -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/27 12:45:41 del:

 お気遣い有難うございます。こちらも約束を果たしていませんが、川尻所長の本が無事出版の運びとなり、3/24に出版記念パーティーが行われることになりましたので、やっと動けるようになりそうです。




[1146] 髪型 -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/02/25 00:42:20 del:

神様、敦子の髪型はね、二枚目の写真いらいずっと変えてないです。アイコンと同じ。売れっ子スターと同じ髪型に、なんてしないしない。だって敦子も古佛の売れっ子スターだもん。わーい。
でもアユミ(高山亜弓)の元気さには負けるのです。年も三つ違うと相当なものだなー。


三十違うと? -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/26 00:18:33 del:

 古佛の売れっ子スターだもん
 You win!
 三つ違うと相当な? 三十違うと想像を絶しますか?
 


三つ違うと相当な? -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/02/26 23:30:59 del:

あのね、神様にとっては三年は19分の1ぐらいですよね。
でも敦子には人生の7分の1にも相当する長い時間なのです。これはまったく相当な!時間ですよー。
ところで黒田軍監からのメールにまた「オカ君」と書いてあるのだぞー。ぶー!。
今日は敦子も「エースをねらえ」を見ました。神様のいわれる紀比呂子は、要するにお蝶夫人みたいな人物なのですか?


失礼な -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/27 12:46:28 del:

 失礼な。18分の1です!!。
 お蝶夫人かどうかは解りませんが、何とかさおりという名の主人公の役で、ローリング何とか〜っ!というとても有り得ないスマッシュを駆使していましたね。
 今なら、とても恥ずかしくて見ていられないようなドラマでした(当時でもか?)。




[1143] コーチからの一言 -投稿者: 黒田明孝 home page 返信 2004/02/24 12:53:14 del:

オカ!
そろそろ朱印帳の原稿出しなさい。
大勢が待ってるぞ。
いいかオカ!
朱印帳だ!
立て!


出してますよー -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/02/25 00:31:33 del:

副代表、朱印帳の原稿はちゃんと出しました。一ヶ月前に。二つ。
でも近藤編集長が「かわら版」に掲げていないのです。このごろは「慶派」関係が集中的にアップされてるからですね。来週に鍋島さんの密教連載がはじまるから、「慶派」色もちょっと薄れるかな、そのぐらいに朱印帳のアップをしてくれるんじゃないかなー。
京ちゃんがスタッフに加わってくれる日も近づいていますねー。
ところでね、私は岡ひろみではないのです。奈良敦子というのです。オッケイ?


オッケー -投稿者: 黒田明孝 home page 返信 2004/02/26 23:50:04 del:

おお、オッケーだぞ、オカ!
原稿も読ましてもらったぞ。いつの間にあちこち行ってんやなあ・・、オカ君。




[1140] 私は岡ひろみではないです -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/02/24 01:01:52 del:

奈良敦子ですー。
あのね、黒田軍監や菊亭さんが最近、敦子のことを「オカ!」って呼ぶの。何故だろうと思ってたらそういうことなのか。
敦子も一応ラケットは持ったことあるのですが、サービスエースもレシーブエースもスマッシュエースも縁がなかったヘタっぴ。えへへー。
でもお寺巡りなら誰にも負けないよ。


懐かしi -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/24 12:42:03 del:

 私の学生時代ですね。懐かし〜いなぁ。
 私もテニスの同好会に入っていました。紀比呂子のファンで、「コートにかける青春」なんていうのも見てたなぁ。
 いまは、ア・ガールの上戸彩が実写でやってるんだ。
 家の子がファンなので、今度奈良さんのファンクラブにも入るように言っておこ〜っと。

 鈴木アミといい、上戸彩といい、その時をときめく人に似ていると言うのは、最先端を生きている証拠ですね。
 でもまさか、美容院に行って、「今一番売れっ子のスターの髪型とおんなじにして!」なんて言ってるんじゃないでしょうね?!


オカ! -投稿者: 菊亭晴竹 home page 返信 2004/02/24 12:42:55 del:

奈良ちゃんに。

オカ、(寺めぐりの)エースをねらえ・・!

ジャジャーン!




[1137] エースをねらえ! -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2004/02/24 00:27:47 del:

いま放送中の「エースをねらえ!」がページ内でも人気です。岡ひろみ役の上戸彩、角度によっては奈良ちゃんにそっくりなんですな。
まるで奈良ちゃんがコートにいるみたい。
ところが奈良ちゃんも中学時代はテニス部だったのだそうです。似合いすぎです。
更に笑えるのがキャストの面々。宗方コーチといい、お蝶夫人といい、はまり過ぎ。原作のイメージを裏切らないのが凄いと思います。


エースをねらえ -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/02/24 00:47:55 del:

同感です。名作は色褪せないものです。
拙者も子供の頃にアニメをみてましたが、ああいう打たれても打たれてもくじけない人間、というのが拙者の尊敬するところです。




[1136] 運慶の拳骨 試作版3 -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/02/23 22:40:35 del:

夏の日差しにゆらめく五重塔を見上げながら、老人はゆっくりと石段に腰を下ろした。
「では」
差し出された火縄銃を手にとり、その鋼の部分を親指でこすった。油の匂いがただよった。
「うん」
秋篠春藤入道は、満足げにうなずいた。銃を渡した若者も、口元をほころばせた。
「いかがでござるか、叔父上」
「春田の若造の鍛えぶりの確かさは、ほれ、ここにしっかりとのう」
くるりと銃を左腕に回して銃口を覗き込んだ。春日友光は老人の下に膝を曲げて座り込んだ。
「叔父上」
「何ぞ」
「あの御堂の奥の仏さんを造った法師の鍛えぶりも確かであったとか」
「うむ、木地の彫りの巧みさをみればな」
二人は背後の扉の奥にぼんやりと浮かぶ維摩居士坐像の姿を振り返った。
「なんじゃろうなあ、あの目付きはなァ」
入道が笑ったが、春日友光は真剣な顔になった。
「おれも鍛えな、あかんのやろうか。あげな目付きをして踏ん張らな、あかんのやろうか」
「市三郎、いずれはな」
「御大将が清須美に匿われておろう限りは、というか」
「・・・・」
老人の沈黙に、友光は立ち上がって堂扉に駆け寄った。そしてパンと掌をあわせた。
「ご先祖さまァ」
その声に入道も目を閉じた。
「この春日友光に、なにとぞお示し下されい。大和は、秋津の国中は、あの御大将を仰いで岩のごとくに、ひとたびとも揺らぎはせぬものを、何ゆえに、何ゆえに・・」
「市三郎、もうよいではないか」
「よくはありませぬ」
若き武者はいきりたった。筒井城すら奪われて大和都祁内に避退したまま動けぬ若き大将の悲運に、大和武士の誰もが心の中で涙を流し続けているのだ。
「いまに弾正が輩も式部めもこの友光が駆逐して御覧に入れ申す。叔父上にも、旗揚げを」
「これ、はやるな」
手を振りつつも、秋篠春藤は快い気分になりつつあった。この若者にも、大和国を想う志は満ち満ちてある、なんとも良きありようではある。これならば京洛の兵が押し寄せようとも・・。
春日友光。春日大仏師定慶の末、この年数えで二十になんなんとす。


春日友光 -投稿者: 黒田明孝 home page 返信 2004/02/24 13:03:20 del:

春日定慶の子孫はやっぱりいるんですな。春日友光、ということは春日氏の末裔でもあるのですか。奈良の武士団というのはだいたい先祖がほとんど東大寺や興福寺の僧兵だったんですから団結力も強かったんでしょう。近畿地方の戦国期史料を見ると大和の武士たちはたいてい「大和国衆」と書かれているが国衆という呼び方が他の地方には無いみたいです。
相模さんの設定では奈良仏師の何人かは僧兵でもあって、その子孫が武士になっているということですか。運慶の子孫は、快慶の子孫はどう設定されているんでしょうか。春田兼光や山之辺寿津や福須美維近あたりも、奈良仏師の誰かの子孫でしょう。
それにしても夢がありますな。本編が楽しみです。




[1134] 運慶の拳骨 試作版2 -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/02/23 01:06:27 del:

戦国時代の東大寺大仏殿炎上は偶発的なものでしたが、治承の兵火の東大寺大仏殿炎上は平家の焼き討ちでしたから事情は異なりますが、いずれにしても戦乱になればお寺は焼かれます。
でも興福寺の場合は少々違ったんですね。
試作分の一部を少しだけ紹介しておきます。



大きな鉢の武士が渾身の力を込めて扉に体当たりした。めりっ、と支え棒が折れて扉の片方が斜めに歪んだ。
「うおおッ」
再び大声がひびき、今度は扉も押し破られた。女たちの悲鳴がこだまし、僧衆たちは仏像の影に身を縮めた。
「弾正が兵がどこぞに潜んでおろうぞッ!」
「おりゃ、隠れても無駄じゃあ」
槍が突き出されて仏像の体をかすめた。隠れ続ける人々を脅そうと、一人が大刀を振るった。鈍い音と共に脇侍菩薩の首が吹っ飛んだ。運慶一門の作になる端麗な横顔がごろりと童子たちの足元に落ちて転がった。
「うわッ」
「なんと非道なッ」
僧侶たちの声があがったが、堂内にワンとこだまする武士の大声がそれらをかき消した。
「ならば出せ堂原の奴等を」
出さぬと、これもたたっ切るぞ、と大男が無著立像の肩に刀をあてて大きく振り上げた。
「それい」
落とされた大刀が、次の瞬間、あらぬ方向へ空を切った。大男は信じられぬという顔つきで自身の大きな腹を見下ろした。いつのまにか銀色の白刃が突き刺さっているのだった。
「ぐわっ」
白刃が横に払われて大男のはらわたが飛び散った。横合いから別の槍が突き出されて首を凪いだ。それを合図に僧侶たちの背後から数人の武者が踊りかかって乱入者たちを取り込めた。同時に堂外で喚声があがって、三好勢が浮き足立つのが感じられた。
大男の肢体が石のうえに動かなくなった時、白刃の武者が堂内の人々に告げた。
「三好党が長原の奸者、宮坂将監を討ち取ったり!」
その美しい瞳が、堂内の闇にかすかに光った。老僧がにじりよって手を合わせた。
「山之辺どの、女子ながら、おさすが」
「いいえ、御仏のご加護にて」
山之辺寿津は、白刃を立ててしゃがみこみ、転がった菩薩の首を拾い上げた。
「これを」
僧の手に渡すと、本尊弥勒仏に一礼し、従者らを従えて堂外に飛び出した。
「おお、これは山之辺の・・!」
通りかかった兵団の将が驚いた顔になった。
「北円堂に潜んでござったか」
「いいえ」
寿津は、堂を振り返って言った。
「あれなる御仏を護りたいが為。たまたま三好の宮坂めが闖入してきたゆえ、防ぎ申したまでです」
兵団の将も、堂外に転がる死体を認めた。
「見事なお働きにござる。道休どのも泉下にてお喜びでござろう」
隣郷だけに、福須美維近は、この若き女武者のありようが痛々しくてならなかった。とりあえず自身の郎党の列に含めて裏木戸から入り、敗走する三好勢の旗指物を目で追いかけた。
東大寺大仏殿のふきあげる黒煙が春日山をもおおいはじめ、池の方角から銃声が響いていたが、五重塔も東金堂もどうやら略奪は逃れているようだった。右手の木立から白い百足の旗指物が見えてきた。
「おお、あれに来やるは森志摩殿の手勢ぞ」
「維近さま、ひとまずあれに」
「うん」
     
その数刻後。
大和国衆は春日社宝塔の東に集結した。深紅の旗が黒煙の広がる空にひるがえり、守護代筒井順慶の健在を誇示した。しかし、喜びの声はついに交わされずじまいになった。
一同は炎上し続ける大仏殿を望んだ。千四百の軍勢がしんとなり、しばらくは風が木々をざわめかせるのみだった。
やがて順慶がつぶやいた。
「恐れ多いことだ・・古の有徳の輩が高貴なる志も、かくに成り果てるとは・・」
「運慶さんの四天王も、あれでは絶望じゃなあ」
島左門が言うと森志摩もうなずいた。
だが、山之辺寿津には、また別な感慨があった。
(結局、滅びなければならないのか)
(運慶さんの御仏もああなる、こんな世か)
彼女の脳裏に、大仏への信心深かった山之辺道休の面影が浮かんだ。その父も、そして大仏もいまこの世から消えた。
(この乱離はいつまで続くのか!)
彼女は、うつむいて唇をかんだ。眉庇の陰の白い頬に、涙がつたった。



山之辺の姫君 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2004/02/24 00:54:20 del:

驚きました。大和十三家の山之辺家の姫君の武者ぶりがえがかれるとは。
山之辺寿津が出ましたが、これ相当な史料へのリサーチが行われていますね。試作版に戦国時代があげられるということは、何を意味するのでしょうか。




[1132] 運慶の拳骨 試作版 -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/02/22 20:48:38 del:

結城さんの紹介にありますように、慶派プロジェクトの目玉である「運慶の拳骨」の準備を進めています。
緒方先生、さすが地元だけあってよくご存知でございますね。でも筒井順昭だけ残念。実は順慶のほうです。

神様、読んでいるのが辛くなってこられるとは、やっぱり文が、内容が拙いのでしょうか。舞台は持ってないし、借りるほどのお金は無いし。


とんでもない -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/22 23:02:10 del:

 いえいえ。戦乱という名の破壊工作によって、歴史ある貴重な文化財が受けた傷の重さを思いやっての事です。
 応仁の乱の刀や槍によって傷つけられた大報恩寺の本堂の柱然り、戊申戦争の砲弾に傷ついた寛永寺の黒門然り、タリバーンに爆破されたバーミヤンの大仏然り、その生々しい跡を見聞きする度に辛くなります。
 南大門の仁王像も、戦乱をかいくぐってよくぞ残ったと褒めてやりたいですね。

 自主シネマかVシネマのノリでどうでしょうか?


自主シネマかVシネマのノリ -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/02/23 01:32:39 del:

神様、自主シネマかVシネマのノリ、というかほとんどそれに近いのです。「運慶の拳骨」のコンセプトは。
伊勢さんが、映画を作るような感じで慶派にちなんだ一大歴史ロマン連載をやろう、と言ってます。とりあえず主な登場人物の役をスタッフそれぞれにやらせて、それそれにセリフや行動をとらせて出来上がった試案を脚本にしておいて、それをもとに私が執筆するという段取りです。でも誰がどの登場人物を担当するかがまだ決まらないんですよ。例えば運慶を、となると伊勢さんでしょうが、快慶を、となると皆でもめるのです。康慶はたぶん一橋さんでしょう。私は定慶あたりを演じてみたいかな、とは思っていますが。神様でしたら、当然北条時政か和田義盛あたりを演じてくれますよね?
映画的手法で連載小説をつくろうという伊勢さんの発想じたいが凄いのですが、そのためにわざわざ映画関係の同好団体の協力まで得てくるところが凄いです。




[1131] 運慶の拳骨 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2004/02/22 11:17:57 del:

緒方です。久しぶりです。
結城さんの紹介された「運慶の拳骨」試作版はタイトルもすごいが中身もすごそうです。さすがに相模さんだナーと感心してます。
しかし、時期的には運慶の活躍時期と違うのでは、と気付きました。春田兼光といえば奈良甲冑師の一族、春日友光は確か春日率川社の足軽大将だったハズ、窪城玄蕃の名も聞いたことがあるような。これらが正しければ「深紅の旗。その若き大将」はたぶん筒井順昭では。
これ、戦国時代前半の奈良ですね。奈良大好き人間でもほとんど知らない部分でしょうが、いったい運慶とはどうつながるのでしょうか。
もしかして金剛力士像が登場しているから、ですかね。




[1127] 伊勢中佐の要望 -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2004/02/22 00:59:18 del:

近藤です。
今晩、用事があって伊勢中佐に電話をかけたのですが、雑談の中でこんな事を話してきました。要望に近い内容です。
神奈川仏教文化研究所さんに、神奈川県仏教文化や鎌倉市内外の仏像などの記事がどうして無いんだろう、神奈川関係記事は史跡巡りしか入れない方針なのかなー、ということです。聞いてて、なるほどそういえばと頷いてしまった次第です。鎌倉の仏像のデータベースというのはどこを探しても無いので、古佛の東日本での案に入ってるのですが、私たちとしてはその前に神様に是非とも作っていただきたいところです。


検討させて頂きます -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/22 02:49:16 del:

 仰るとおり。まさに羊頭狗肉、看板に偽りあり、ですかね。
 元々研究所設立時は、神奈川の寺院の歴史、文化財の解説を纏めるのが目的の一つだったのですが、事務所の閉鎖等の経緯もあって原稿もそのままになっています。それらも10年も前の代物ですから、パワーもなく今更といった所でしょうか。
 まあ、サイト自体は、研究所の広報活動の一環である、という風にご理解頂ければ有難いのですが(言えば言うほど言い訳になってしまいますネ)。
 真摯なご意見ご要望として、検討させて頂きます。




[1126] 史料を読む -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/02/22 00:38:19 del:

試験が終わりましたので、京都本部に行きました。書庫で「校刊美術史史料」という緑色の立派な本を開きました。名前を聞いたことのある「七大寺日記」はこれに収録されてるのかー。読み方が難しいけれど、かつての奈良の寺の豪華な有様が手にとるよう。
辞書を引っ張り出して調べながら読んでいたら、出雲さんが「借りてゆっくり読んだらええよ」と。
わーい。でもこれ三巻もありますね、と言ったら、最初は一巻目の「七大寺日記」と「七大寺巡礼私記」だけ読めばいいのでは、とアドバイスされました。
よーし、読むぞ!


抜刷がありますよ -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/22 01:49:08 del:

 「校刊美術史料」から大学の演習用に「七大寺日記」と「七大寺巡礼私記」だけを抜き出した抜刷が、中央公論美術出版のサイトで購入できますよ(¥1,262)。 




[1125] 運慶・・?! -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/02/21 23:42:25 del:

戒壇院の方角が静かになったと思った途端だった。
「お館!あれに式部めの雑兵ばらがっ!」
泰覚の声に振り向いたその視界の、大仏殿の方角からあがりはじめた火炎。
「おのれ、いらざる真似をッ」
その時、手害山手から転がり込んできた武者が低く叫んだ。
「ご注進!禎慶らの手がこちらに!」
バラッと走りかける武者たちを制したその手が、門の方に合図を送った。と、同時にワーッとときの声が上がって前方の石畳道にバラバラと兵が走り出てきた。
「撃てッ!」
春田兼光の自慢のエスビンガルダが轟いた。だん、だん、と兵たちを崩れさせ、その上を走り超えた騎馬武者を南大門の扉下に落下させた。
「ここから先は通さんッ!」
南から窪城玄蕃らの槍衾が突き出されて敵兵をなぎ倒した。たちまち乱戦になり、銃声も門内に移動した。金剛力士像のわき腹にも火花がパッと散った。
「推参!」
叫ぶ春日友光が、刀を上段に構えて門の石段を駆け上がり、そのまま敵の背中に振り下ろした。どうと倒れる相手を飛び越えて門を見上げた友光は、一瞬何かを感じてさっと金剛力士像を見上げた。
(運慶かッ)
振り返った友光の眼に、阿形像の視線が鋭く突き刺さってきた。
「うむッ、あれだ!」
その指差す方向へ春田の鉄砲隊が撃ちあげた。悲鳴がこだまして敵兵が阿形像の肩の陰から落下した。
(申し訳ないッ)
そそり立つ像に目礼し駆け出そうとする友光の側へ玄蕃が駆け寄ってきた。
「図書殿、南は抑えもうした。お館はいずれに?」
「あれに」
「おお」
大仏殿院道の中央にひるがえる深紅の旗。その若き大将は、ずうっと床机に落ち着いたままなのだった。しかし、その背後にそびえる大仏殿は、いまや紅蓮の炎に包まれつつあった。
「なんと・・」
玄蕃は言葉を失った。
「ご天朝さま由跡の大御堂が・・・」
「・・遅かった」
手を合わせる春日友光。
この日、東大寺大仏殿、炎上。痛恨の一事なりと大和武士どもの悔し語りに語られる・・。


なんともすごい場面です!いま制作準備が進んでいる長編連載の試作分が東日本編集局から送られてきたので一部を公開させていただきます。原作、伊勢宗瑞。執筆、相模未知。考証、一橋和泉。資料、美河梨絵。脚本、小泉秀綱。
題して、「運慶の拳骨」!!
これだけ書いただけでこっちもドキドキ!


本にしたらどうですか -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/22 02:01:06 del:

 原作、執筆、脚本等、豪華メンバーですね。余りにも迫真過ぎて読んでいるのが辛くなってきますね。
 ホームページで公開するより、本にするか舞台でもやった方が良いのでは。




[1120] サッカーあやうく一勝 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/02/19 00:11:06 del:

京都本部に集まって夕食に出たあと、みんなでサッカー観戦をやってました。土壇場でゴールが入って、あーヤレヤレです。オマーンにそんな苦戦しててどーすんだ!ジーコ様!
二年前のW杯観戦が懐かしいなー。今年はみんなでアテネに行こうと計画してるので日本代表も絶対アテネまで勝ち進むこと!

今日は骨皮大佐も来てくれましたので賑やかになりました。聞けば原稿は仕上がったとか。
その本の詳細も分かりましたのでお知らせしておきます。
学研「神仏のかたち」シリーズ第二巻「四天王」三月下旬発売予定
だそうです。


学研 神仏のかたち -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/20 01:04:58 del:

 学研ムック 神仏のかたちシリーズ ですね。第1巻は『観音菩薩』。
 宣伝では、「仏像の鑑賞を単に種類や形状の分類によるのではなく、時代の要求という視点から「造られた理由」を探り提示するガイド」とありました。
 うーん。良い宣伝文句だ!




[1119] 曼荼羅 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/18 21:44:16 del:

宥正/yuushou様
 確かに八十一尊曼荼羅は円仁が伝えたもので、台密で使われているものですね。失礼致しました。
 東密の曼荼羅は、形は違っても、意図する所は大曼荼羅と変わるところは無いということなのですね。
 一口で曼荼羅といっても幾種類もあり、その他にも他宗派に広がり、バリエーションが増えていきますので、門外漢にはなかなか理解するのが難しいです。
 個人的には、胎蔵界の外金剛部院のおどろおどろしい図像が楽しい(不謹慎ですか?)ですね。

 このところ、東寺原図甲本曼荼羅が国宝修理所で修復されたり、高野山血曼荼羅の再生プロジェクトが計画されたり、当麻曼荼羅が復元されたりと、曼荼羅が注目を浴びています。この混沌とした世の中も一つ一つ紐解いていけば、それぞれに意味のある存在の集まりであり、個々を尊重する重要性を皆が理解し始めたという事なのかも知れません。


続きに -投稿者: 宥正/yuushou home page 返信 2004/02/19 08:33:38 del:

曼荼羅について書いたものは、全体を見渡してのシステムのような形を説明しているものを読んだことがあります。
私は、仕事柄、ご法事でその年忌にあたる仏様(十三仏)の説明をいたします。故人と共に歩む残された人のそれからの人生。やはり一歩一歩、経をあげる側も共に歩むことを念頭にお話いたします。十三仏は胎藏曼荼羅を表わすと言われています。
管理人様のご指摘のあった後、私も以前から気になっていた四隅の水瓶と、当曼荼羅について自分で筋立てようと調べてみました。私ほうのサイトの日記に記しました。ご参考に見ていただければと思います。生死の苦海とも申します。そこを渡すには、その海の水そのものを受けるということかと。


なるほど -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/19 22:28:29 del:

 砂漠の旅人が持つ素焼きの水筒は、表面から滲み出た水が少しずつ蒸発して中の水が熱くならないように工夫されており、水瓶はこれからきているもので、渇きを潤す命の水、薬の水と考えられていた、と聞いたことがありましたが、須弥山を擁する四大海をあらわすという考えもあるのですね。




[1117] 護国寺の大涅槃図 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/18 01:12:55 del:

 海松橿知朱さん。
 護国寺の大涅槃図の情報有難う御座います。
 インターネットで覗いてみましたが、徳川綱吉の生母桂昌院の300回忌記念だったそうですね。
 何でも、学校の体育館を借り切って床に広げて展示したのだとか。
 銅鐸の蜻蛉や蜘蛛、蟷螂などは害虫を食べる昆虫として表されたとすると、仏教の思想からして、涅槃図に描かれたものとは意味合いが異なるのでしょうか。
 何事も調べてみると面白そうですね。ご自身で纏められるというのはどうですか。是非。


涅槃図の蜘蛛 -投稿者: 海松橿知朱 返信 2004/02/20 09:16:31 del:

護国寺の涅槃図はバレーボールコートと同じサイズで、体育館の二階から双眼鏡で細部を観察し、40倍ズームのデジタルカメラで記録するという具合でした。やぐらを組んで江戸時代の人々に見せられたという記事も残っているそうですが、さぞや壮観だったことでしょう。桂昌院といえば「生類憐みの令」つながりで、涅槃図の動物が解釈されたこともあったかも、と想像すると楽しいです。

こちらでもご教示いただいた元興寺文化財研「涅槃会の研究」も見てみました。図版が比較的大きいのですが、それでも小さな虫が確認できない場合が多いです。やはり丁寧に実物の公開に当たっていくほかはないのかも。
見世物小屋のちらし風の「変わり涅槃図」で、「大蜘蛛」と思われるものが描かれているのは見つけました。
中野玄三「日本人の動物画」で、涅槃図の京都国立博物館本と京都知恩寺本に蜘蛛があるとの記述を発見。知恩寺大涅槃図は昨年秋に公開された(ので、しばらくは公開がないのだろうか)のですが、蜘蛛を眼にしたという方いませんでしょうかねぇ。

ともかく、月末には京都で涅槃図巡りをしてくる予定です。

>銅鐸の蜻蛉や蜘蛛、蟷螂などは害虫を食べる昆虫として表されたとすると、仏教の思想
>からして、涅槃図に描かれたものとは意味合いが異なるのでしょうか。

涅槃図画の典拠となるのは大般涅槃経などですが、そこでは「(忌み嫌うべき)毒蛇・マムシ・糞虫・サソリまでもが、残らず釈迦の臨終に参集した」と書かれているようです。蛇や龍を食べるカリョウビンガ鳥が、それらの動物たちと「争うこともなく」という表現も経典にあるようです。

涅槃図に多く描かれるムカデについては、密教図像「三十六禽図」においてすでにサソリの代用として使われているそうですから、密教画の流れとして説明できるようですが、クモは仏教ではマイナーな存在にとどまっているのかもしれません。




[1113] 近藤編集長、本部に来て下せえ -投稿者: 宇喜多尚家 home page 返信 2004/02/17 23:48:42 del:

備前岡山の宇喜多尚家です。いま二日間の休みをとって京都本部に泊り込んでいますが、さすがに一人は心細い。
日中は橿原考古学研究所付属博物館の特別展を見ました。天皇陵の埴輪はすごい。やっぱり宮内庁には陵墓の学術調査ぐらいは許可して、いいかげんな陵墓比定を修正してみる姿勢が必要だと思います。例えば祟神・垂仁・景行あたりの陵墓を発掘すれば、大和朝廷の考古学は一気に100年ぶんぐらい取り返せると思いますが。
近藤編集長、夜だけでもいいから本部に来て下せえ。他にも声かけて飲みに行きましょう。
骨皮大佐殿、お元気でございましょうか?


明日行きます -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/02/17 23:56:37 del:

備前さん、明日夕方六時に美希とハルコさんと本部に行きます。どっかで夕食食べましょう。皆も出来たら来て下さい。
京都の夜は寒いから気をつけてね。


おう! -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2004/02/18 00:00:57 del:

宇喜多備前守どの、
委細承知した。
明日は私も参ると致そう。




[1111] 去年よりは楽ですか -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2004/02/17 23:39:29 del:

近藤です。
去年は仏像特別展が目白押しで大変でしたが、今年は落ち着いているようです。地方では山口県美と茨城歴史館の特別展ぐらいですね。京都、奈良、滋賀は毎度の事ですが、それよりも神像関連が目立ちますね。
夏から京都で「神々の美の世界」、滋賀で「近江の神道美術」。出雲さんが京都に移ってきてからこういう展開になってくるとは運命的なものを感じますな。個人的には奈良博の「法隆寺展」に興味があります。橿原考古研博の「天武・持統朝」も面白そうですな。




[1110] 基本的な質問でもうしわけありません。 -投稿者: 白骨 返信 2004/02/17 10:39:59 del:

 はじめまして 白骨と申します。いつも楽しく見させていただいております。趣味で阿弥陀信仰、阿弥陀像、の情報を集めております。
 いきなり、初歩的な質問をしたいのですが 仏像は 依頼者が依頼した仏像の形(台座、印相、など)を絵などでつたえていたのか?、それとも 仏師が依頼者の希望する佛の名前を聞いて 形を仏師が決めていたのか?それ以外なのか 教えていただけないでしょうか? ぶしつけな質問で大変申し上げありません。よろしくおねがいします。


そうですね -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/17 23:40:30 del:

 そうですね。仏像を造る場合、通常は、造像を発願する施主(スポンサー)と僧侶(コーディネータ)と仏師がおり、発願者が希望を出し(金額、又は仏像の大きさや数など)、僧侶が尊像の種類を決め、仏師がそれに基づいて詳細を決めるというのが一般的なのではないでしょうか。
 もちろん藤原頼道が平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像を発願したり、後白河法皇が三十三間堂の千躰千手観音像を発願したように、施主がある程度の詳細を決めて依頼することもありましたし、僧侶や、仏師自身が施主となって造像する事もありました(東大寺僧形八幡神像は、仏師である快慶が施主となって造像したことで知られています)。
 施主が絵を描いたかどうかは分かりませんが、平安時代以降は、図像集が整理されていましたので、どこどこの像のような、とか、この図像のような像を制作して欲しい、などという依頼の仕方をしたのかも知れません。また、その際、仏師が簡単な絵や、図像を示して確認をする事もあったかも知れません。
 実際の造像例でも、明らかに図像に倣ったと思われる遺品もあります。
 
 櫻井さんのご意見も頂きたいですね。




[1107] 尊像リストに敬服 -投稿者: 毛坊 返信 2004/02/17 00:28:50 del:

毛坊です。正月に割合長期で外国へ行っていたこともあってご無沙汰しました。
きょうは「古佛」の尊像リストを開けて、大変立派なのに驚きました。代表的尊像と言いながら結構マニアックな像も入ってて楽しめます。敬意を表します。
なお不空羂索観音像に収録されてる奈良応現寺像は東鳴川観音講の所蔵として国重文になってます。


ありがとうございますー。 -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/02/17 00:47:30 del:

毛坊さまへ
お褒めいただきましてありがとうございます。
応現寺像の件は早速修正更新させていただくべく本部に申請しておきます。


連絡先メール下さい -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/17 00:56:39 del:

 毛坊さん。連絡先をメール頂けませんか?




[1106] 用語集 -投稿者: 栗東晴子 home page 返信 2004/02/17 00:20:58 del:

栗東です。
私が昨年に提案した基礎コンテンツ構築、第一段階の尊像リストが出来上がりましたので、次は用語集に移ろうかなと思います。緒方さんたちのリサーチ作業では、用語集コーナーを作っている仏像サイトは無いようなのですが、読者からの要望は非常に高いです。
昨年から作ろうと思いつつ果たせていませんが、いざ作るとなるとこれも膨大な量を相手にすることになりそうなので、無理なくスムーズに作って手軽に皆さんに利用していただけるような方法はないものか、と本部広報の皆で相談しています。


用語集是非 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/02/17 23:55:16 del:

 用語集と名の付くものは、インターネット上にごまんとありますが、帯に短し・・・ですね。コンセプトを含め、万人が満足するものを作るのは大変でしょうが、古佛の皆さんなら朝飯前?