訪れ帖

 


[1249] ビッグニュース -投稿者: 宇喜多尚家 home page 返信 2004/03/12 00:50:31 del:

運慶よりもスゴイビッグニュース!
蘇我馬子の邸宅跡が見つかったそうです。
よし現地説明会に飛鳥まで乗り込むぞ。
しかし、石舞台古墳のすぐ横とは、書記の記載どおりではないですか!


正に遺跡の上に住んでいるんですね -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/12 01:32:09 del:

 在るべき場所に在ったというべきでしょうが、それにしても、あの狭い明日香の場所で、毎日のように新しい遺跡が発見されるものですね。
 遺跡の上に住んでいる、というのも誇張ではない状況です。




[1248] 『MUSEUM』 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/12 00:29:45 del:

いわずと知れた東博の研究誌。京都本部の書庫にも創刊号からの全巻が揃っています。おととし読者の方に寄贈いただきましたが、並んでいるのを見るだけで圧倒されます。第589号も早速ゲットせねば。
豊住百新斎さま、よろしくお願いします。『MUSEUM』は豊住書店さんでも販売していましたね。


MUSEUM -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/03/12 11:26:51 del:

京都本部の書庫のMUSEUMは確か586号ぐらいまで揃ってるんですね。仏像関係の記事だけコピーすればそんなに量はないけど。またコピー頼みますね!
東京博物館のミュージアムショップでいつも売ってるけど、高いのでいつも買えなくて、結局図書館で読んでるのです。初期の号には楽しい仏像記事が沢山あっていいです。四十八体仏のシリーズとかは面白かった。
「文献」にはMUSEUMに入ってる仏像記事はほとんど網羅されてるはずだから、私も重宝してます。「文献」つくるの苦労したけど、つくっといて本当に良かった、と思ってます。しょっちゅう使ってるから。




[1244] 東大寺おたいまつ -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/11 21:56:31 del:

今日は東大寺のおたいまつを奈良チーム揃って観てきました。雨もあがって大きな炎が闇に輝きました。
五人でお祈りしました。今年も頑張ろう、と。


益々のご活躍を -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/12 01:30:44 del:

 奈良チームがお水取りにの余韻に浸っている間に、先輩たちが後輩の活躍に煽られている様子が見えますね。
 明日の(もう今日か)のおたいまつはクライマックスですね。
 春の訪れと共に、益々活躍されんことを、私もお祈りしています。




[1240] 運慶からの贈り物 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/11 21:26:49 del:

今回の新出作品は、まるで運慶からの気まぐれな贈り物のように思われます。
慶派への情熱やビジョンにかけては伊勢さんをしのぐといわれる建川さんの第四代副代表就任に先立ってこういうスゴイ出来事があるというのは、なにか運命のようですね。
伊勢中佐、昨年の夏に私が慶派作戦実施に反対したのは、まだ時期じゃないなと思ったからです。でも、今は、まさしくその時期なんですね。
建川関東軍軍団長の指揮下、小田原戦車師団の晴れの舞台になるかもね。まずは東京国立博物館に乗り込むのでしょう。


運慶の新出 -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/12 00:11:19 del:

運慶の情報については、やっぱりあるのか、という感想を持ちました。もともと運慶は快慶に比べて遺品が少なすぎるのです。伝運慶作という資料にも再検討の必要がありますし、文献史料の周囲を慎重に浚って追跡調査を進める作業も不可欠です。
運慶の作品というのは、運慶そのひとの人生のあった場所にはまだ残っている可能性がある。拙者は学生時代からそう思っております。だから、運慶の人生や素顔に迫らなければ全てが始まらない。安易な伝承や賛美めいた評価は切り捨て、伝運慶作の群れに埋没する愚に陥ることなく、確実な作品と可能性ある作品とが語りかける何ものかを全身全霊をもって受け止めてゆく。
そのうえで康慶、定慶、快慶、湛慶など彼を支えた人々の作品にも真っ直ぐに向き合って、慶派仏師のフィールドと伝統と心意気とを出きるだけ理解することも大切だと思います。
結城嬢の指摘のとおり、どうやら運慶に関しての本当の盛り上がりがこれから出てくるようです。正直言って、半年間じっと我慢していて良かったのかな、という気分です。




[1239] 第603航空隊、発艦せよ -投稿者: 黒田明孝 home page 返信 2004/03/11 21:11:32 del:

黒田明孝、副代表として最後の指示を出させていただきます。
第603隊、発艦せよ。
四天王への夢は、積乱雲の彼方へ。


黒田中佐殿 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/11 21:34:50 del:

603隊も準備して、これで中佐の仕事が計画どおり終わりましたね。
601隊は作戦中、602隊の奈良ちゃんたちも元気で進撃中。そして603隊はいま奮闘中の骨皮大佐へのプレゼントですね。
この一年の西日本は、とっても得難い大軍師のもとで大きく羽ばたけたのでは、と思います。


感謝申し上げます。 -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/12 00:19:15 del:

海軍中佐、黒田軍監どの。
この一年のご活躍に感謝申し上げます。
拙者には出来なかったことを幾つも実現していただき、さすがは大軍師よと改めて感服いたしております。高校生の抜擢には驚かされましたが、その若い情熱に賭けて見事なリストを実現させてくれましたので、もう拙者としては何も言うべきではない、と戒めております。
「仏教美術研究交流会」を率いていた頃も、おそらくそうだったのでしょうな。建川大佐も絶賛しておりました。




[1237] 「四天王」発売まであと三週間 -投稿者: 出雲美希 home page 返信 2004/03/11 02:14:02 del:

骨皮大佐が執筆に参加しておられる学研の仏像シリーズ「神仏のかたち」第二巻「四天王」、聞けばすでに原稿は終わって入稿、校正に入っているとか。
黒田軍監と建川大佐との相談により、その刊行記念に特別併行企画連載をやろうという案が急浮上、そのために第603隊なる新チームが準備されるということです。すでに天童さん、美河さん、立花さんと私が編入されたとか。この夕方に初めてメールで知らされてびっくりしました。


スタートしました。 -投稿者: 美河梨絵 home page 返信 2004/03/11 21:41:06 del:

美希、私はもう原稿書き上げたよ!
天童さんも十河さんも写真手配にかかってるみたい。
「四天王」の発売、楽しみです。


おっ -投稿者: 十河正保 home page 返信 2004/03/11 21:44:53 del:

梨絵さん、速いなあ。
あっという間に先を越されてますな。
こっちは一領具足だから、やりくりも大変ですぞ。


一領具足 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/12 00:23:22 del:

正保さんは香川のはずじゃなかったですか。
一領具足って、長宗我部の制度でしょ?
歴史上の十河正保は、鉄砲の名人だったそうですね。




[1234] 六波羅蜜寺 -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/10 22:13:06 del:

ろく、ろく、六波羅、
六波羅蜜寺の坊様は、
コーヒー大好き、まったりと、
だけどホントは、第六十五世住職なのであります!
すっごいなあ、六波羅蜜寺

というわけで六波羅蜜寺へ行ってまいりました。コーヒーのCMでお馴染みの住職様には会えなかったけど、運慶さんと湛慶さんにお会いしました。詳しくは朱印帳に書きますね。


まったりと -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/11 00:51:35 del:

 京都も久しぶりに行くとホッとしますね。この間東福寺の塔頭を訪ねた時、長押の上に、大ぶりの蓮弁らしきものが掛けられており、お伺いしたら、明治時代に焼けた本尊釈迦如来坐像の蓮弁が残ったのを、塔頭に一枚ずつ配ったのだとか。
 なかなか優雅な漆箔の蓮弁で思わず見とれてしまいました。




[1233] 運慶の新出作品か -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2004/03/10 21:49:04 del:

近藤です。ようやく風邪が治りました。
さて、東京国立博物館の山本勉先生から拙ページあてに運慶新出作品に関する案内状が届きました。以下に全文を示します。
(ご案内)
 栃木県足利市の古刹鑁阿寺ゆかりの樺崎の地に伝来した光得寺大日如来像は、作風、X線写真で知られる像内納入品、また造立背景から建久(1190〜99)後半の運慶作品と考えられます。最近この像とそっくりで、大きさは倍の大日如来像(個人蔵)が出現しました。光得寺像に先行する時期の運慶の作風を示し、X線写真を撮ると、これも光得寺像の前段階の特徴をもつ納入品がみつかりました。文献によると樺崎には建久4年銘の厨子にはいった三尺大日如来像がありました。これにあたる可能性があり、運慶工房の作品と考えてまちがいありません。
 今回、東京国立博物館の彫刻の平常展(4月6日〜6月30日。本館第8室)のなかで、2体の大日如来像とともにX線写真も掲示。運慶に関する最新情報をご披露します。「空海と高野山」展会期中は金剛峯寺八大童子像とあわせて、建久年間の運慶作品が東京国立博物館に勢揃いするのも注目されます。
 なお新出大日如来像については4月15日発行の『MUSEUM』第589号に「新出の大日如来像と運慶」という論文を執筆しました。
 また4月17日(土)午後1時30分より3時まで平成館大講堂で開催する講演会「建久年間の運慶と二体の大日如来像」で、論文の内容を一般向けにお話しする予定です。(山本勉)

これで建川副代表就任祝いの見学会は東博に決定ですな。


情報有難う御座います -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/11 00:32:14 del:

 訪れ帖の書き込みに合わせたように運慶の像が見つかるなんて、不思議ですね。
 光得寺像も元は樺崎寺に在ったものですから、大小の二体の厨子入り大日如来像があったということなのでしょうか。
 早速見に行かねば。


おはようございます。 -投稿者: まっくる 返信 2004/03/11 08:42:44 del:

『MUSEUM』ですか。懐かしいなあ。その論文、手に入れようかなあ?
建久年間の運慶の仏像彫刻はあまり調べてないので、興味が湧きますね。
実物も見てみたいです。
まずは、論文の写真を見てみようかな?




[1227] 神様へ質問 -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/09 01:17:54 del:

「仏師たちの夢」のコーナーって、二種類作ってあるのですか?


要整理整頓 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/09 20:49:11 del:

 二種類って?
 ガドガード娘達のご指摘に従って、トップペジに中見出しを付けた関係で「仏師たちの夢」の目次だけ独立させたものを追加しています。中身は同じはずなんですが。
 中身も二種類ありましたか?

 ディレクトリを増やしすぎたのと、アップロードソフトをいくつか使い分けているので、中がぐちゃぐちゃになってきました。思い出しては整理しているのですが、サーバーの中に消し忘れファイルが残っているのかナ。


二種類 -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/09 22:30:52 del:

神様、あのね、更新日時の下の文字をクリックしていくと、従来の目次のところへ行きます。
ところが下の目次の「仏像の基本」の「仏師たちの夢」をクリックしていくと新しい一覧表が出るのですね。
敦子としては新しい一覧表の方がいいな。


要大掃除 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/10 01:32:31 del:

 成る程、一度大掃除をしないとダメですね。
 欲しい資料がすぐに見つからないので、部屋の大掃除の方が先か?




[1226] 仏像クイズ第三弾 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2004/03/09 00:58:23 del:

高見様、緒方です。
性懲りも無くクイズ第三弾を企画したいと思います。古佛トップの次期の仏像写真が決定したためです。今回は六月までじっくり期間をおいて長期企画としてみたいと考えますが、いかがでしょうか。
前回が簡単すぎたようですので、今度はレベルを上げて・・。


何か良い企画がありますか -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/09 20:51:30 del:

 気が早い事で。
 長期企画というのは面白そうですね。
 正解までに関門がいくつかあり、それを順番にクリアーしていくとか?
 サイトのどこかにヒントが隠してあって毎週一つずつ見つけていくとか(昔、カウンターアップ目的でそんなのがありましたね)。
 モザイクをかけるか一部だけを拡大して、それを徐々に表示して当てるとか。
 ウ〜ン。クイズ番組に毒されて、アカデミックなアイデアが浮ばないなぁ〜。

 何か良い企画がありますか?




[1222] 今度は運慶かな -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/08 21:26:39 del:

以前にここは春日定慶で盛り上がりましたが、今度は運慶やら快慶やら、慶派の主流が話題になりそうな気配ですね。なんだか楽しみだな。快慶なら、波多野愛さんにも参加してほしい。どうかな。

まっくるさんも、まだまだ慶派の研究は出来ますよ。仮説でもいいから自由に楽しく考えてここで盛り上がりましょう。


こんばんは。 -投稿者: まっくる 返信 2004/03/08 23:12:32 del:

結城さん、伊勢さん、こんばんは。
確かに有名でありながら謎の多い運慶だからこそ、研究のしがいがあるのですね。

願成就院の阿弥陀如来像、謎多いなあ〜。でも楽しかった〜。






[1211] こんにちは。 -投稿者: まっくる 返信 2004/03/07 14:47:28 del:

運慶熱いですねえ。

今、運慶作と認められているものを見てみてもさまざまな表現をしているため、例えば円成寺大日如来像と願成就院阿弥陀如来像を比べてみても、パッと見、木札がなければ同じ作者の彫刻とは思えないですね。

前にも書きましたけど、運慶の生きた時間の中で生まれ出た作品と比べたりすることで、運慶のより細かな表現の流れが見えてきそうですね。




[1210] 教えてください -投稿者: おのうえ 返信 2004/03/07 01:59:50 del:

「古佛へのまなざし」からこちらに来ました。教えてほしいことがあるのですが、以前に舞鶴の山の上の多ね寺に行った時もらった案内書に仁王像の写真の下に運慶作と書いてありました。お寺の受付の人は運慶の作って話しておられました。仁王像は立派でいかにも鎌倉の仁王という感じなのですが、東大寺南大門の仁王とは微妙に違うような気がしました。本当はどうなのでしょうか。


多禰寺金剛力士立像 -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/07 16:06:29 del:

おのうえ様、初めまして。
古佛へのまなざし東日本の伊勢といいます。
お尋ねの多禰寺金剛力士立像は、昔から運慶の作と伝えられて有名だった作品です。東大寺金剛力士像によく似ていますが、実物に即して造形を観察すると、表現の基本が違っています。おのうえ様のご指摘のとおり、「微妙に違うような」感じがあるのは事実でございます。もっとも似通う作品を挙げると肥後定慶の作品が挙げられますが、それよりはもう少し前になるかなと思います。いずれにしても運慶の活躍期間には相当するものと思いますが、作者が運慶ではなくて運慶一門の仏師であったと考えたほうが適切です。
東大寺金剛力士像の造形基調を快慶が造ったとする見解にしたがえば、ああいった筋肉質の力士像も快慶寄りの作風によるのかもしれません。さきに述べられていた岐阜円鏡寺金剛力士像にも同じ事が言えるのですが、つきつめてゆくと運慶作と伝える像のなかには、運慶の健在だった期間に作られたものも含まれている可能性を否定できません。
運慶は、慶派一門の総帥ですから、寺院側が仏像制作を依頼する場合は当然運慶に話を持ちかけます。制作が決定すれば、運慶は一門の誰かを選んで造像の基本的事項を指示し、造らせてゆく。そういうシステムだったと思うので、寺側としては、一門仏師の作品であったとしても「運慶のところに依頼して造ってもらった仏像」と認識するでしょう。伝運慶作、というのもそういうところに端を発しているものと愚考いたします。御参考になりますれば幸いです。


多禰寺仁王像 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/07 18:46:39 del:

 この像は、伊勢さんの仰るように兵庫県氷上町石龕寺の肥後定慶作仁王像に似た像ですね。
 多禰寺のすぐ側の松尾寺、金剛院には快慶の像がありますので、慶派とは繋がりの深い場所といえます。
 運慶の造像は文献的には知られていますが、遺品となると限られます。今後の課題は、相模さんの言われるように、伝運慶の作品の中から運慶に代表される慶派の流れ、「運慶の表現世界」を探るということでしょうから、運慶の作かどうかという観点で聞かれても、答えるのは難しいと思います(違います、と答えるのは簡単ですが)。




[1209] 第602航空隊、発進! -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/07 00:31:19 del:

うわー、慶派で盛り上がってますけどこっちも負けてないですよ。太田少佐の命令により奈良チームも活動開始、まず資料集めと原案づくりからとりかかりました。後輩たちも頑張ってるよ!




[1208] みっちゃんへ -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/07 00:24:03 del:

一瞬、「運慶の拳骨」試作版の続きかと思いましたよ。みっちゃん、頑張ってるねー。
関東軍第二師団も動き出しますか。
私はじゃあ、善派あたりを攻めますか。


善派論 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/07 18:47:50 del:

 結城さんの善派論、是非お願いします。




[1206] 「伝運慶作」への夢 -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/03/07 00:15:37 del:

久し振りに慶派モードのようですので私も支援いたします。
願成就院の阿弥陀像以下を運慶が造ったことは吾妻鏡にも記してありますが、例の木札によって確定されるまでは皆が認めていなかった時期がありました。木札がなければ、浄楽寺像も認められなかったでしょう。
現在、運慶作品を観るとき私たちが「運慶らしさ」の感覚の基調として参考にしてゆく中に、願成就院や浄楽寺の仏像も含まれますが、もし木札が無かったらどうなっていたでしょうか。
おそらく円成寺像が孤立し、興福寺北円堂像も孤立した感じになっていたのかもしれません。「伝運慶作」の遺品の数々も安直に切り捨てられていたのかもしれません。
いま「伝運慶作」とされる遺品は多いですが、願成就院や浄楽寺と比べたら果たしてどうでしょうか。東大寺金剛力士像の解釈が流動的になっている現在、各地の伝運慶作の金剛力士像への解釈も再検討を迫られそうです。北円堂弥勒仏に、運慶自身のどんな作風が具体的にどう表現されているのかについても、明確な説明がなされないままです。もはや安易な考えや思い込みによる判断が許されないけれど、別の意味では運慶作品をもう一度根本から見直す絶好の機会ともいえ、大変面白い状態でもあると思います。
そうした認識のなかで、次第に浮かび上がってきたひとつの可能性があると思います。円成寺、願成就院、浄楽寺、金剛峰寺八童子像、北円堂像と、造るたびに作風や情感を変化させて豊かな造形の幅をみせてきた運慶のありようを想像するとき、いまだ明らかになっていない運慶の表現世界というものがあるのでは、と思います。そうした作風が、ひょっとすると「伝運慶作」の遺品のなかに表われているかもしれないと考えています。慶派のなかでも運慶に属した弟子たちならば、おそらくそれを継承し作品に表わしていたかもしれません。そういう部分を「伝運慶作」遺品のなかに探ってみることで新たな「運慶」像のイメージが再構築出来るのかもしれない、と考えます。


続き -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/03/07 00:16:41 del:

(長くなりそうなので分けました)

例えば、東大寺金剛力士像を運慶一門の完成形とすると、それ以前の原型とか、試行的造形などが在ったはずです。その場合の試行的部分に運慶本人の試みが入っていたとしたらどうでしょう。慶派作品と確定していて作者は不明なままの作品のなかには、運慶が造ったものが混じっているかもしれず、ましてや運慶は原則として銘文を仏像には記さなかったのですから、可能性は無限に出てくるような気がします。
その意味では、鎌倉初期の慶派の作風を色濃く出している岐阜円鏡寺金剛力士像などは、注目に値する遺品のひとつでしょう。骨皮大佐や伊勢中佐らが「興味深い作品」と評価し、とくに大佐が「運慶を知るための重要な資料のような気がする」と述べたのには私も同感です。運慶の作品かどうか、ではなくて、「運慶」を色濃く伝えているかどうか、がポイントだと思います。一見して定慶作と伝える興福寺旧西金堂金剛力士像の亜流のような造形にみえますが、この「亜流のような造形」の意味をもっと突き詰めてゆく必要があるかもしれません。ひょっとすると、亜流に見えているのが実は試行的部分であるかもしれません。
「伝運慶作」という遺品は、それほどに大きな可能性を持っていそうな気がします。現時点で必要なのは、巷の「伝運慶作」遺品を全て徹底的に洗いなおしてみる作業でしょう。ただ並べるのではなくて、確実な運慶作品が示す情報を再構築し許容範囲を定めて、明らかに後世の付会や宣伝文句としての仏師名、等を切り離して、可能性の高い作品のみを抽出していくと、何かが次第に見えてきそうに思われます。
円鏡寺金剛力士像に関して、骨皮大佐も伊勢中佐も決して「運慶の作品」とは断定していません。断定出来るほどに「運慶」が容易い世界ではないことを知っているからです。まだ現時点でも「運慶」が確かな定説になりきっていないところは、むしろ定朝以上のものがあることを、大佐は指摘していましたが、まったくその通りです。私はそうした認識のなかに身を置いてこそ、運慶世界への夢が無限に広がってくるような楽しさが初めて実感出来るように思います。
古佛東日本の総力を挙げてでも取り組みたい仏師、運慶。私たち全員の気力をすりへらして一生かけても、分からないことだらけかもしれませんが。


今度は魔の日曜日 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/07 18:53:05 del:

 運慶の試みの造形の部分が運慶の表現世界を知る鍵になるという考え方は面白いと思います。
 願成就院像は、かつて運慶の真作として認められていなかったこともあり、運慶の作としては特異というような議論がありますが、木札がなかったとしても当代の一流の仏師が造ったという評価は揺るがなかったでしょうし、検証が進めば同じ結論に結びついたと思います。
 私は運慶の東国の造像が(試みと呼ぶならば)試みという名の本質の部分であり、奈良の造像は地域的、時代的にもある種の束縛を受けながらの造像であったと思っています。
 円成寺大日像は、時代的、また父との共同製作という側面があり、その後の造像も奈良の天平文化の復興、また運慶一門の共同作業という条件の中で造像を行っています。
 東大寺仁王像など巨像を造る場合には、試みの像を造り、それを幾つかに分割して何人かの仏師が担当し最後に組み上げるといった手法が採られたでしょうし、群像を造る場合には、各仏師が一体ずつ担当し、統括者がそれを統括したと考えられます。この場合、統括者は、調和ということを一番の念頭に置いたでしょうから、ここに試みという要素が入る可能性は少ないのではないでしょうか。スペシャリストとゼネラリストとは全く違うものですから。

 いくら天才でも、プレーヤーと同じ気分で監督をやったら人はついてこない(ミスター長嶋だけは別かな。一日も早い回復をお祈りします)。




[1202] 再び慶派について -投稿者: 竹中重春 返信 2004/03/06 19:58:23 del:

竹中重春です。
今日は天候にあまり恵まれませんでしたが、叔父と円鏡寺の仁王門を見学してまいりました。
円鏡寺金剛力士像や慶派についての結城さんの以前の書き込みが大変参考になりました。
叔父がこんな問いかけを。
「中部の慶派作品の筋の良いやつは、どこの何という仏像か」
「伝運慶、とある仏像についてどんな資料や本を参考にして勉強したら良いか」
どなたか御教示を。


大軍師どのへ -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/06 20:10:35 del:

ちょうど軍師殿の書き込みがパッときましたのでここは拙者が愚答申し上げる。
中部の慶派作品の筋の良い作品は、拙者の独断と偏見によれば下記のごとくである。

愛知 赤岩寺 愛染明王像
愛知 萬徳寺 大日如来像
愛知 七寺 三尊の両脇侍像
愛知 無量光院 阿弥陀三尊像(寛慶作)
岐阜 岩滝毘沙門堂 毘沙門天像
岐阜 願成寺 金剛力士像
岐阜 円鏡寺 金剛力士像
岐阜 横蔵寺 薬師如来像
岐阜 横蔵寺 大日如来像 筑前講師作
岐阜 横蔵寺 金剛力士像 肥後定慶作
岐阜 願興寺 釈迦三尊像
岐阜 無量寺 大日如来像


追加 -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/06 20:18:03 del:

愛知 滝山寺 観音菩薩像
愛知 滝山寺 梵天、帝釈天像
岐阜 願興寺 阿弥陀如来像

筋が良い作品以外のものは更に多数がある。


「伝運慶」作品 -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/06 20:29:54 del:

基本的に、作品の本質は同時期の作品のみが示してくれると愚考いたします。運慶の作品に関しては、現在判明している運慶作品が一番の手掛かりです。運慶作品にしか見られない情報がまずポイントです。
「伝運慶」作品の発生の理由は三つあります。
1 後世の付会
2 慶派の子孫たちによるイメージ宣伝
3 本物である
鎌倉彫刻史の見地からすれば、いま運慶作ではないかと考えられている像の多くが「伝運慶」と伝えられていない像です。伝承が伝わっている像のなかからも本物が出てきそうですが、残念ながら九割以上が前述の1と2のケースにあてはまるようです。
最近は、運慶作品だと確実視されてきてたものが疑問視される流れがあり、興福寺弥勒仏は湛慶かもしれないと言われ、東大寺金剛力士像もまた快慶のデザインが濃いのではという見直しが進んでいます。
慶派をきちんと勉強するためには、本当にいい時代になってきたと思います。