訪れ帖

 


[1299] 諦観 -投稿者: 骨皮道賢 home page 返信 2004/03/20 01:37:17 del:

そのようですな。運命なのかも。


取り合えず、タイ -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/20 13:31:48 del:

 代表と副代表が揃って書き込み頂き感激至極です。
 お二人の言葉、意味深いですね。
 
 私は、来週取り敢えず中間点のタイに行って来ます。
 もっ、勿論仕事です。決して仏像を見に行くわけではありません!
 (現地の連中、アユタヤ位はちゃんと段取りしてるんだろうな)。


タイ -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/20 23:45:29 del:

神様は、仕事のついでに仏像見られるわけですか。余裕ですね。拙者は出張してもスケジュールが過密なので喫茶店で一服すら出来ません。
タイですか。アユタヤですか。
やっぱり仏像に尽きますな。




[1292] なんとなく悟りました。 -投稿者: 黒田明孝 home page 返信 2004/03/20 01:15:59 del:

そうか、僕たちはアテネに向かうのか・・。


そう! -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/20 23:57:29 del:

向かうのです!アテネへ。
黒田艦長、第602航空隊も元気でやってますのでもっと元気出してくださーい。
(びしっ)敬礼!




[1289] 憧れのアテネに向けて -投稿者: 太田道観 home page 返信 2004/03/19 00:47:54 del:

古佛ページは、サッカーサポーター活動もやってますので以前のワールドカップ時にも一生懸命応援しましたが、今回も劣らず声援を送りました。雨の中をご苦労さまでした。
とうとう、アテネへの道が開けました。安堵と緊張と期待と不安と。この夏、古佛ページは有志を集めてアテネに進出、出来るだけサポーターを展開したいです。
がんばれ山本ジャパン、夢をありがとう!


疲れた・・ -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/19 00:53:57 del:

本部から帰宅したら、ドッと疲れが。
あー、これでアテネへ行けるんだ・・。
オリンピックは、以前に長野で見に行ったけど海外のは初めて。古佛のみなさんと行けるなんて夢みたい。
これから仏像がしばらく霞みそう。運慶の新作品の方は、しばらく置いといて、って感じになりそうだなー。日の丸背負って苦戦を続けてきたブルーイレブンの有様が、何よりも一番感動ものですから。
仏像から離れるのもたまにはいいでしょう。


少佐へ -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/19 00:56:55 del:

今回は花粉症気味で参加を控えさせてもらったが、みんな行ったのかな。
しかし、良かったな。少佐。




[1288] アテネ!! -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/18 23:52:37 del:

京都本部から戻って、早速みなさんにメール。
アテネに行くのです、と。
わーい。初めての海外旅行がアテネオリンピックとは素晴らしいぞ!
古佛のスタッフには旅行会社の方が三人もおられて、旅行の段取りはもちろん、チケットもとれるそうですし。
あとはアルバイト頑張ってお金ためよう。




[1283] こんにちは。 -投稿者: まっくる 返信 2004/03/18 17:08:56 del:

京都かあ・・。離れてから一年しか経ってないのに懐かしいです。
ああ、また本格的に京都で勉強したいですわ!

恩師にも「戻って来い!」って昨日も電話で言われましたから。
また運慶関係、大学院に入ってやろうかなあ?


幸せ -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/18 20:46:12 del:

 戻って来い、なんて幸せですね。
 私なんか、何時会社から、「もう出張から戻ってこなくて良い」なんて言われるか・・・。
 何でも出来るのは若いうちだけですから。


こんばんは。 -投稿者: まっくる 返信 2004/03/18 21:53:40 del:

管理人様、それは結構悲しいお話ですね。
僕自身、そう言ってもらえると、とても嬉しいです。「戻って来い!」かあ。
若いうちにほんまに京都にもどろかな?




[1282] 神様へ -投稿者: 山科十萌 home page 返信 2004/03/18 02:05:00 del:

京都に来ておられたのですか・・。
京都本部に寄って下さればよろしかったのに。


貧乏暇なし -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/18 20:41:37 del:

 いえいえ。早朝の新幹線に乗って途中下車し、昼も食べないで打合せに駆けつけ、終わったらとんぼ返り、という一日でした。
 貧乏暇なし、の典型ですね。

 ところで、大久保が頑張ってますね。
 応援の皆さんも声が枯れているのでは。


圧勝 -投稿者: 山科十萌 home page 返信 2004/03/18 20:57:39 del:

声が枯れるどころか大騒ぎになっています。
いまこちらにいて観戦してる人。
菊亭さん、近藤さん、栗東さん、波多野裕美さん、出雲さん、結城さん、奈良ちゃん、そしてガドガード四人組、私。
これでアテネへ私たちも行けます!




[1281] 小金銅仏展 -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/18 00:33:20 del:

 運慶を離れ、金銅仏の話題を。
 大坂の出張に託けて、泉屋博古館の「金銅仏展」を覗いてきました(いつも出張に託けてるけど、どっちが主体だか)。
 泉屋博古館というと青銅器という印象でしたが、金銅仏も所蔵しているんですね。今回は、各地から集めたものを含め数十体を展示しており、初公開のものもあったようです。
 このコーナーで評判の悪い(!)「小金銅仏の魅力」に紹介されている像もいくつか出ていました。
 仏を囲む聖衆達と称して、金銅仏に付属した豆粒のような小像が並べて展示してあるのも楽しかったですね。
 何より空いているのが良い(?)。




[1276] レバノン戦 -投稿者: 出雲美希 home page 返信 2004/03/17 01:25:32 del:

勝ちましたね。でもUAE戦があります。安心出来ません。東日本の皆さんも毎度サポーターにゆかれてるそうで、御苦労さま、ですね。




[1274] 大日如来 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2004/03/15 01:37:39 del:

樺崎寺の鑁阿上人こと足利義兼自身が大日如来に篤い信仰を持っており、同様の信仰心を持った運慶がそれに影響されたとしても、なぜ東寺講堂本尊の模倣ということを選択したのでしょうか。円成寺大日如来像が運慶にとっての大日像の基本だったのでしょうか。つまり運慶はああいう形以外の大日像は造らなかったものか、周囲の慶派仏師もみんなあのタイプの大日像を造っています。快慶の大日像も基本は運慶のものに倣っている部分も大きいと思います。ただし、光得寺像もそうですが厨子入りであるのは鑁阿上人の注文によったのでしょうか。 とにかく鎌倉彫刻史上のビッグニュースであり、これを機会に東京か京都で運慶作品を全て集める特別展をやっていただきたいところです。これまでに一度も実現していないところを見ると、やっぱり寺によっては協力してくれないところもあるのでしょう。


けしかければあるいは -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/16 00:22:52 del:

 鎌倉時代は、やはり工房の存在が大きかったので(工房の主宰者たる運慶の場合は特に)、やはり仏師という単位で解明するというのは限界があるのかも知れません。確かに、全てを一度に通観してみたい気がしますね。
 博物館も独立法人になったことだし、人集めという面を強調すれば、その気になるのでは?




[1272] 購入せねば -投稿者: 近藤真琴 home page 返信 2004/03/15 00:33:19 del:

おお、みなさん早速買われてますな。夕方京都本部にサッカー観戦のため集まった際に出雲さんのを見せてもらいましたが、久々の刊行物としてヒットしそうです。私もさっそく明日の仕事帰りに大阪のジュンク堂へ行って購入せねば。
しかしこのシリーズはあと四ヶ月連続で刊行されるのか。毎月15日を覚えておかねば。




[1265] 東日本はスタジアムへ! -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/14 19:17:05 del:

いままさにアテネ予選最終ラウンドキックオフ直前!
私たちは京都本部に集まってテレビを見ていますが、スタジアムには東日本スタッフの有志がサポーターに行っています。
建川大佐、伊勢中佐、太田少佐、一橋さん、小泉さん、相模さん、諏訪さんがいるはずですが、真っ青な観客スタンドのどこにいるのやら。


うわー -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/14 21:19:17 del:

負けたー。
次のレバノン戦で勝たないと!




[1260] 模型を極める -投稿者: 菊亭晴竹 home page 返信 2004/03/13 20:46:30 del:

久し振りに奈良の代表のお宅にお邪魔しました。
以前に代表が横浜のピットロードさんに要望していた航空母艦「千歳」「千代田」のキットが発売されたので、おそらく代表も購入してもう作ってるかな、と思いつつ行きましたら案の定、二隻とも出来上がっていました。
相模さんの連載でもお馴染みだった、第一機動部隊の空母四隻がこれで全部リニューアルキットで発売されたことになります。代表の作品は迷彩もしっかりしていて飛行機もちゃんと史実どおりの編成で空母の上に並んでいます。見ていてしびれてまいります。


第一機動艦隊 -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/17 22:02:24 del:

新さんのおじい様は空母「瑞鳳」でしたね。
私の祖父も海軍にいたそうなので、昨日祖母に電話で聞いてみました。駆逐艦「桐」に乗り組んでいたらしいです。知らなかったー。
元気な頃に話を聞いておくんだった、とちょっと後悔。
相模さんの連載の完全版では「桐」の様子も書かれているらしいですね。読んでみたいな。
古佛ページの西日本スタッフの大部分が第一機動艦隊生き残りの孫であるのには、なにかしら不思議な縁を感じますが、年齢的にちょうどそういう時期の海軍にいたということでしょうね。


「桐」ですか -投稿者: 菊亭晴竹 home page 返信 2004/03/17 22:09:41 del:

美穂さんの御祖父様も第一機動部隊におられたとは・・。すごいというか、偶然にしてもすごいです。我々はそんな頃から縁があったのでしょうか。
でも、戦争末期の機動部隊にいたからお互い生き残った部分も大きいと思います。これがハワイとかミッドウェーの頃だったら全然違ったかもしれません。
駆逐艦「桐」もいずれ作りましょう。


心は、常に側に在る -投稿者: 出雲美希 home page 返信 2004/03/17 22:21:12 del:

相模さんの「君よ、負けないで」は読者からの再収録要望がトップなので、いずれ完全版をということで計画はしています。かわら版での連載では四割ぐらいカットされていたということです。カットされていた部分を少し読んだことがあるのですが、そのなかにあった代表のご祖父の「心は、常に側に在る」というお言葉がとても印象に残っています。全文を。
「どんなに離れたとしても、心は、常に側に在る。自身を信じ、友を信じ、永久不滅の魂を信じ、可能な限り生きて祖国の心に尽くすべし」
心に迫るお言葉ですね。
私の祖父が必死の青春をかけた第一機動艦隊の最後の一戦の物語、私も絶対に忘れません。


航空戦艦「伊勢」 -投稿者: 黒田明孝 home page 返信 2004/03/17 22:31:47 del:

黒田明孝です。
なんだか珍しい話題で盛り上がっていますな。祖父の事を思い出して懐かしい気持ちになりました。私の祖父も航空戦艦「伊勢」の砲術長としてエンガノ海戦に参加しているので、昔話はよく聞きました。骨皮代表の祖父も同じ「伊勢」の軍医長で、当時の階級もおなじ中佐でしたからわりに気安い仲間同士だったらしいです。その二人の孫が、古佛へのまなざしの代表と副代表をやっているというのは、いったいどういう巡り合わせなんでしょうか。神仏の思し召しというのも本当にあるかもしれません。
もし、もう一度日本が第一機動艦隊を結成するとしたら、古佛西日本の面々はおそらくみんな集まるのでしょう。
いまに見ておれ、いつか日本は再び泥沼の中から這い上がって再び未来に夢を描くのだぞ、と信じてゆきたいです。



[1259] 出たよー。 -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/13 20:33:31 del:

前に予告した日本の美術の彫刻史シリーズが出ました−。まず「飛鳥白鳳の仏像」です。おー。
予定内容を見たら平安が二つに分かれてて全五冊になっています。一冊増えたのか。
敦子は次の「天平の彫刻」が一番楽しみなのです。


買いました -投稿者: 出雲美希 home page 返信 2004/03/14 00:32:17 del:

出ましたねー。待望のシリーズですね。
私も買いまして読みました。当麻寺本尊弥勒仏の正面写真を初めて見た気がします。写真図版のアングルも違うと別の仏像みたいに見えるのですね。
「日本の美術」で神像彫刻出ないかな。なかなか出ないのは書ける方がいないのでしょう。


36年前ですか! -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/14 02:57:02 del:

 前回の飛鳥・白鳳彫刻が出たのが1968年。36年前ですか! 仏像の研究も進んでいるのでしょうが、こちらも年をとるはずだなぁ〜。
 私の貞観彫刻には倉田文作さんのサインが入っているのですが、貞観彫刻もでるのですか?


貞観彫刻?? -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/14 23:19:17 del:

あのね、いまは平安初期彫刻って呼ぶのが普通になってるみたいですよ。
刊行予定の目次には、「平安前期の彫刻 一木彫の展開(仮題)」岩佐光晴、と出てます。
倉田文作って「仏像のみかた」の著者ですね。昔の奈良国立博物館館長さんだー。


鎌倉が楽しみ -投稿者: 結城美穂 home page 返信 2004/03/14 23:31:36 del:

私も買いました。なかなか面白いです。これまでの研究成果が盛り込まれてて、ちょうど「日本仏像史」を時代別に分けたって感じですね。私的には鎌倉時代が楽しみだな。サブタイトルが「写実の彫刻(仮題)」となっていますが、果たして三宅久雄さんの切り口はどうなるのでしょうか。善派にどう言及されるのか、楽しみです。


しびれる -投稿者: 宇喜多尚家 home page 返信 2004/03/14 23:37:16 del:

宇喜多です。僕も買いました。
個人的には光谷氏の年輪年代法と歴史学の文が楽しめました。紫香楽宮の宮町遺跡の写真にしびれました。
ブッコガク閑話の第三期シリーズも準備期間が近づいていますな。


倉田文作さん -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/15 01:32:22 del:

 倉田さんは、奈良博の前は東博におられました。平安時代の彫刻展に夜行バスで行ってサインをもらった記憶があります。お役人という感じではなく、研究者然としておられましたね。倉田さんの館長の後は、上から読んでも蔵田蔵さんだったかな。
 光谷さんの年輪年代法は、日本の美術で一冊出ているんですね。あれにはちょっと驚きました。批判も多いようだけれど、地道な研究にもっとスポットライトを当ててもいいと思います。




[1258] 浄瑠璃寺大日如来坐像 -投稿者: 伊勢宗瑞 home page 返信 2004/03/13 00:24:36 del:

緒方先生、伊勢です。
先ほど挙げられた浄瑠璃寺大日如来坐像は、運慶その人の作、という可能性はないのですか。現状では後世の補修に覆われているようですが、それを剥がしたらどうなりますか。


おそらく運慶以外 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2004/03/14 00:16:27 del:

緒方です。
浄瑠璃寺の像は円成寺像より小さく、造立も二年ぐらい後なので、模刻かという見方もあるようですが、印象はかなり違って見えますのでおそらく運慶以外の仏師でしょう。ただし、運慶にかなり近い関係にあった人だと考えます。
でも浄瑠璃寺像のような遺品の存在は、運慶を知るうえでも大きな手掛かりだと思います。


同時期か前か -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/03/14 23:26:00 del:

緒方先生、浄瑠璃寺大日如来坐像の造立そのものは円成寺像と同時かちょっと前の可能性があるかもしれません。原像と模刻像の関係ではなくて同一の図像(もしくは東寺像?)によって別々の造立現場で造られたと思います。
でも、浄瑠璃寺大日如来坐像の雰囲気って、どこか願成就院阿弥陀坐像に似ているのです。ちょっと不思議な気がします。




[1257] 二体の厨子入り大日如来像 -投稿者: 緒方紘一 home page 返信 2004/03/13 00:18:59 del:

緒方です。
新発見の運慶作品も厨子入りだったならば、高見様のご指摘のとおり二体の厨子入り大日如来像があったということになります。その像は東寺講堂本尊のコピーですから、それを大小二体も造った運慶には、よほどの信仰的動機があったのでしょうか。どうも運慶は東寺講堂本尊に格別の思い入れがあったと考えざるを得ません。円成寺像を入れれば三件、浄瑠璃寺像を含めたら四件も類似品があるのは、運慶以下の慶派仏師たちにとって東寺講堂本尊大日如来像が特別な意味を持っていたのでしょう。
出来ることならその根本像を見てみたいです。


運慶と義兼のコラボレーション -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/14 02:55:57 del:

 樺崎寺(法界寺)は、鑁阿上人こと足利義兼が建立した寺ですが、「鑁阿」、「法界」とも真言密教と密接なつながりがありますので、足利義兼自身が大日如来に篤い信仰を持っており、同様の信仰心を持った運慶がその思いに胸打たれて、光得寺の様な、精巧で技巧を凝らした厨子と像が造られたのでしょうね。




[1256] 奈良国立博物館の神将コーナー -投稿者: 奈良敦子 home page 返信 2004/03/12 19:38:30 del:

今日は奈良博へ行きました。
本館の展示替えで神将コーナーが出来てました。
初めて見たのが海住山寺の四天王像。これは東大寺大仏殿の四天王を忠実にうしつたものだそうです。おー、これが天平創建の四天王像の面影をつたえるのかー、と思っていたら、結城さんが「これが運慶たちの再興した四天王像の模倣だね。大仏殿様のヤツ」と説明してきました。なんだ、天平じゃないのかー。
あと、もとは神奈川の大曹寺にあったという鎌倉の十二神将が小さいながらもよく出来てました。東大寺の十二神将も六体出ていました。
骨皮大佐が参加してる「四天王」では大佐が甲冑の形式の説明を書いてますが、その原稿をみせてもらったので、神将像の甲冑の詳細がはじめてよく理解できたのです。


太寧寺? -投稿者: 管理人 home page 返信 2004/03/14 23:01:06 del:

 奈良博のホームページには、「大寧寺薬師堂伝来」とありましたが、太寧寺にあったという十二神将像でしょうか。だとすると、一時期、京都の個人蔵になっていたということでしたが、随分前に奈良博に収まって安住の地を得た様ですね。
 丁度、東京国立博物館でも横須賀・曹源寺十二神将立像が十二体揃って展示されています。
 小像の十二神将像としては、少し若いですが、大分・龍岩寺の像がほのぼのとしていいですね(井上芳明さんのサイトに掲載されていますョ)




[1252] おはようございます。 -投稿者: まっくる 返信 2004/03/12 09:31:20 del:

下の方で伊勢宗端様がおっしゃっていたように、運慶の作品かどうか、その可能性を探るとき、確かに「運慶の人生や素顔に迫らなければいけない。」と感じますね。
以前、書き込みをこちらでしたとき、「運慶は藤原彫刻から抜け出して新しい様式の仏をこの世に誕生させようとした。」という旨のことを書き込みました。
管理人さまは「新しいものというのではなく、天平の彫刻にならって作り出されたものが、鎌倉新様式となった。」とおっしゃってました。
そのように運慶の心情、どういった目的でつくっていったのかも重要なのかもしれないですね。
運慶の直筆日記とかあったらもっと確実なんだけどなあ〜。
まあ、世の中そんなにうまくいかないものなので、じっくり慎重にやるしかないですね。

自分は運慶周辺の史料や文献はほとんど「吾妻鏡」や「東大寺続要録」くらいしか使ってないので、研究を進めていく上では運慶のことについての文献・史料をよく読んで検討することが大事であると感じました。


「吾妻鏡」や「東大寺続要録」 -投稿者: 相模未知 home page 返信 2004/03/12 11:35:37 del:

まっくるさんへ
私も学生時代は運慶関係は「吾妻鏡」や「東大寺続要録」ぐらいしか読まなかったです。あと「猪隈関白記」ですか。
私は藤原後半期からなぞるような感じで仏師を勉強していましたので、「長秋記」とか「権記」とか「百錬抄」とかも読みまして「長秋記」などは印象に残っています。書いた本人は単なる日記の積もりだったのでしょうが、後世に一級史料になるとは思わなかったことでしょう。
鎌倉とか東国のことに関しては「吾妻鏡」はバイブル的なものですが、いまだにあの内容を全面的に信用していない人がいるのはちょっと不思議です。「日本書紀」だって、わりあい本当のことをちゃんと書いてありますね。


こんにちは。 -投稿者: まっくる 返信 2004/03/12 14:42:15 del:

どうも、相模さん。
『百錬抄』や『猪熊関白記』、なるほどありましたね。
特に『猪熊関白記』は卒論かゼミ発表のどちらかは忘れましたけど、使った記憶はあります。

『吾妻鏡』は当時の出来事を知るのには欠かせない史料の一つですよね。
けど、もちろん内容的に源氏よりな部分もあるので、そこはよく考えて読まないといけないみたいなことが、『国史大辞典』に書いてあったように記憶してます(まあ、他の史料でも似たようなことは言えるのかもしれないですが。)。
けど、全面的に否定できるものなのかなあ?