訪れ帖

 


[2398] 高松塚古墳の解体保存 -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/28 19:19:59 del:

 高松塚古墳の解体保存が決定しました。

 壁画を発見した網干善教氏が言われる「30年にわたる取り組みは一体何だったのか。解体後に復元してもそれは平成の古墳。特別史跡は存在そのものに意義がある。あくまでも壁画と墳丘の共生を考えるべき」という言葉が重く感じられます。
 敦煌の壁画を剥ぎ取って持ち帰った行動とどう違うのか。「保存のためにはそのほうが良かった」という言い訳じみた説明に感じる空虚さと似た気持ちにさせられます。


高松塚 -投稿者: 宇喜多尚家 返信 2005/06/29 00:04:02 del:

宇喜多です。今回の古佛有志旅行では考古遺跡も多く楽しめました。奈良ちゃん、よく勉強して頑張ったな。朱印帳も楽しみに待ってるぞ。

高松塚は、追い詰められた中での唯一の選択肢に寄らざるを得なくなった、という感じです。要するに今までの保存対策が完全なものでなかったわけであり、その保存システムを過信しそれに甘えてきた当局の姿勢が問われるべきです。現時点で、「あくまでも壁画と墳丘の共生を考えるべき」と言っても適当な方法があるのかと疑問に思います。方法や技術として可能かどうかを検証せずに、壁画と墳丘の共生などという理想論のみを述べても空しいばかりで、こんなことをしている間にも壁画の劣化は進んでいるのです。
九州の壁画古墳、月ノ岡あたりは、大丈夫でしょうか。
個人的には、解体修復して元に戻す、の案しかないだろうと思います。考古学では抵抗感があるようですが、美術史の考え方では解体修復はわりあいに受け入れられるのではないかという感じがします。


感情論をもう一つ -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/29 17:03:59 del:

 先日、大阪市立美術館で行われた「小野順造コレクション 中国彫刻」を見てきました。
 雲崗、龍門、敦煌などの石仏の頭部19点が展示されており、その造形美に感激すると同時に、アユタヤで見た、首のない胴体だけの石仏の姿がオーバーラップしてなりませんでした。
 胴部は既になく、頭部だけでも残ったのであればそれはそれで良かったのかも知れませんが・・・。




[2396] 神奈川の神道美術 -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/27 18:50:06 del:

 来年早々、神奈川県立博物館で、「神奈川の神道美術」展がありますね。
 神奈川県神社庁設立60周年の記念ということで前期、後期に分けて行なわれるようですので期待できますね。
 きっと、平成12年に発見された高来神社の神像群も出品されるのでしょう。

 高来神社の神像群について解説されたものは、
 大磯町郷土資料館刊「高来神社蔵木造神像群」
 國華第1312号(2005年2月刊)「大磯高来(高麗)神社木造神像群考」
があります。




[2395] 良い子のお約束 -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/26 14:07:30 del:

良い子のお約束

1. 宿題はきちんとやりましょう。
2. 暑いからといってお腹を出して寝ないようにしましょう。
3. 冷たいものを飲んだり食べすぎないようにしましょう。
4. 人に聞いたり、知らない事を教えてもらった時は、大きな声で「ありがとう」と言いましょう。


古佛版・良い子のお約束 -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/06/28 14:58:26 del:

1.宿題、原稿はきちんとやりましょう。
2・健康、暑さ対策の食品摂取を心がけましょう。
3.神仏、社寺を敬い拝礼しましょう。
4.教えて下さった方にお礼を言いましょう。
5.お年寄や体の不自由な方をいたわりましょう。
6.般若心経を暗誦出来るようになりましょう。
7.突然の見学や旅行に備えて貯金しましょう。
8.交通ルールを守りましょう。
9.色々な本や資料を読みましょう。
10.適度な運動をこころがけましょう。
11.携帯電話のマナーを守りましょう。
12.ゴミは自分で片付けましょう
13.常に自身の行動を振り返って考えましょう。
14.防災防火防犯、危機管理の意識を持ちましょう。
15.神様高見さまに敬礼しましょう。


・・・ -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/28 19:41:08 del:

6、10、15はちょっと・・・。




[2392] どなたかご教示を -投稿者: 大威徳 返信 2005/06/23 22:38:54 del:

 こんばんは、ひとつ教えていただきたいことがあります。京都東山清水寺ご本尊十一面千手観音像(重文)の写真を見たことがありません。最近、公開された奥の院像は、写真が頒布されたのですが、本堂はお前立ちしか見たことがありません。どなたか、清水寺本尊の写真が載った本はないでしょうか?ごくまれに、文化財指定であるけれど写真非公開の秘仏がありますが、清水寺もそうでしょうか。滋賀県長寿寺(西寺)の重文地蔵菩薩像もそんな例と思います。宜しくお願いいたします


清水寺十一面観音像 -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/24 12:12:29 del:

 清水寺のご本尊は、文化財に指定されていません。
 平成12年にご開帳されましたが、写真としては公開されていないと思います。
 清水寺の十一面観音立像で重文指定の像は宝蔵殿の像で、清水寺のホームページにも写真が公開されています。

 長寿寺(東寺ですね)の地蔵菩薩像も文化財に指定されていません。今秋、湖南三山同時公開に際し公開という「うわさ」もあるようですが・・・。

 文化財指定の像は、指定に際し必ず調査を行い記録写真を撮り、「重要文化財」「国宝・重要文化財大全」等に掲載されています。


長寿寺地蔵菩薩 -投稿者: 栗東晴子 返信 2005/06/24 20:48:54 del:

栗東晴子です。長寿寺の秘仏本尊地蔵菩薩像は何かの慶事のさいに臨時に開かれるそうです。私は写真で見た記憶がありますが、どの本であったか、探していても見つからないので断念しました。地蔵菩薩本体は未指定で、像をおさめる厨子が国重文です。




[2390] 丹波ラーメン食べ歩き -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/06/21 21:58:05 del:

 こないだの土曜日は、ラーメン通でもある菊亭さんも加わって丹波の柏原八幡神社塔公開に行き、「丹波猪ラーメン」もちゃんといただきましたー。それから「丹波盛葱ラーメン」、「丹波胡麻焼ラーメン」も食べました。どれもハーフサイズなので、食べ歩きも楽でした。

 支援者の方から旅行券や宿泊券などをいただきまして、それで来週に見学旅行に行くことになりました。梅雨入りしても全然雨が降らない今がチャンスだ、とみなさん言うております。


ラーメン -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/22 21:31:26 del:

 ラーメンは、立派な日本料理になりましたね。
 台湾では、ラーメン店に入ったら「日式拉麺」(日本式ラーメン)とありますし、アメリカでは、中華料理店でも見かけません(ヌードルスープというスープのジャンルで扱っているところは僅かにありましたが)。
 「丹波胡麻焼ラーメン」はなんか美味そう。肝心のボタン肉のチャーシューは如何でしたか?




[2388] はじめまして -投稿者: りょう 返信 2005/06/21 11:34:07 del:

質問させてください。
作務衣を愛用していたのですが、友人に読み方の違いを指摘されたので、調べていたら、こちらのHPに出会いました。
作務衣は「さむえ」と「さむい」の両方の読みがあるのでしょうか?
漢音、呉音の違いで「さむい」のような使い方もあるのでしょうか?
どうぞよろしくお願いします。


「さむえ」が本来ですが・・・ -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/21 18:59:28 del:

「衣」は「エ」が呉音、「イ」が漢音です。
呉音の例としては、衣文 脱衣婆 糞雑衣
漢音の例としては、着衣 衣装
などがあります。

「作務衣」は本来、禅宗での修行の一つである、労働作業(作務)を勤める時に着る作業着のことを指す仏教用語ですので、「さむえ」というのが正式と思いますが、一般的に「さむい」という言い方もするようです。作務衣が一般的に使われるようになってきたということでしょうか




[2386] 携帯でHPを見る -投稿者: 十河正保 返信 2005/06/19 02:01:14 del:

 ゆうべ久しぶりに本部に寄ってみました。編集チームは携帯版トップページの最終準備をやっておりました。
 実は、携帯もで古佛ホームページが見られるのですが、いろいろ欠陥があるために、携帯用のトップページを作ってそこからホームページ内に入ってもらう方法をとることになったもののようです。試しに自分の携帯でやってみたところ、半分ぐらいは見られました。写真はさすがに無理でした。
 他のホームページと見比べていて分かったことは、テンプレートやファイル形式がシンプルであれば携帯でも楽に読めるということです。この点、古佛はシンプルに出来ているので携帯の画面でもあんまり形が崩れません。通勤電車のなかでも楽しんで使えそうです。


携帯対応 -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/19 15:22:37 del:

 携帯の進歩は、目を見張るものがありますね。
 これからは、インターネットは、パソコンの前に座ってするものという概念はもう古く、携帯を念頭に置いたページ作りも重要になってくるのでしょう。

 写真版訪れ帖は、皆さんがどこでも投稿できるよう携帯対応としましたが、私自身カメラ付携帯を持っていないし、Iモードも使ったことがないので使い勝手がよく判っていません。
 私にはやはり、携帯の画面がせめてPDA程度にならない限り、時間毎に変わるニュースなら兎も角、必要なデータは、データベース化、テキスト化してPDAでというのが合っています。




[2384] 下記間違い -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/06/14 20:09:57 del:

本部にある白の、板
  ↓
本部にある白板の、

でした。




[2383] 丹波の古塔の公開デス -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/06/14 20:08:35 del:

本部にある白の、板骨皮大佐殿の予定表の書き込みから。

「6月18日、丹波市の柏原八幡神社三重塔の公開。一般公開は、台風被災後の改修記念を最後に約十年ぶり。一般公開は無料、午前十時から午後三時まで。現地では記念に一食五百円の丹波猪ラーメンを二百食限定で販売。」

 丹波猪ラーメン?ホントに猪の肉が入ってるのかな?丹波とはすごいところだー。


丹波猪ラーメン -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/14 20:45:35 del:

 猪の肉だそうです。
 写真を「写真版 訪れ帖」に載せておきました。




[2380] また円空仏盗難 -投稿者: 大威徳 返信 2005/06/11 08:14:57 del:

 6月10日、関市上之保鳥屋市不動堂で円空仏21体が盗難されました。無事だったのは1体のみでした。あの有名な尼僧像(実際は不動明王の脇侍)も含まれております。岐阜県に住むものとしてはかなりショックです。最近田舎のお堂でも賽銭、ご供物の泥棒も絶えません。お寺のものを盗むとは、仏に背を向けた者の多きことよ


きっと見つかります -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/12 02:50:46 del:

 円空展の開催中だというのに。円空が欲もなく民家の庭先で彫り続けたものが、脚光をあびたお陰でお金目当ての盗難に遭うとは何と皮肉なことでしょう。
 表に出れば必ず判りますから、処分できずに見つかるのではないかと思いますが・・・。




[2379] 中世後期仏も注目して -投稿者: 大威徳 返信 2005/06/10 07:09:15 del:

 奈良国立博物館で「宿院仏師」の展示会が、開かれていますね。以前、安土城博物館でも中世後半、戦国期の仏像展も開かれ、この時期の仏像が取り上げられ嬉しい限りです。なぜか、この時期の仏像は、彫刻史からは、形式化、生気に乏しいといわれ軽視されていますね。文化財指定もおくれ、本堂は国宝なのに、本尊は県重文という例もあります。江戸仏は、もっとひどい扱いをうけてますね。(案外、江戸時代の丈六仏はかなり少ないのですのに研究されていない)最近、脚光を浴びつつある中世後半の仏像に注目を。


今後はダイジョーブ? -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/12 02:52:03 del:

 研究者の層も厚くなってきていますし、これから益々研究がされていくことと思います。江戸時代の仏像は、少なくとも図像学的には興味ありますね。




[2377] ドイツ行き、決定 -投稿者: 太田道観 返信 2005/06/08 22:33:47 del:

 久しぶりです。
古佛サッカーサポーターリーダーの太田です。
胸のすくような二点でドイツ行きが決まりました。
 したがいまして、来年6月、古佛スタッフ有志でドイツへ応援に行くことが決まりました。昨年夏はアテネへ応援に行きましたが、残念にも敗退したので、来年のW杯では可能な限り勝ちつづけてほしいです。
 諸君、来月から資金積み立てを始めましょう!神様もドイツへ御一緒されませんか?


ドイツ ワールドカップ -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/09 00:02:36 del:

 ドイツですか。
 1990年のイタリア大会でドイツが優勝した時、丁度ドイツに出張に行っていました。
 決勝戦の日、打合せが終わっていないにもかかわらずみんな帰ってしまう程、ドイツ人もサッカーが好きですね。
 来年の話ですから、どうなっているやら・・・。




[2375] 近況 -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/06/07 22:18:28 del:

 みなさま、奈良亜弓です。
 このところ平穏無事な日々が続いていて、亜弓も大学でレポート書き。
 新適塾のメンバーはみんな中間テストは終わっても前期期末テストが来月にあるそうなので勉強にうちこんでます。みんな三年生ですから受験勉強もやっていますね。思えば小浜行きが最後の旅行機会だったのです。
 今年の夏は新適塾はありませんが、栗東さんと久住さんが受験対策講師になって色々教えてあげるみたいです。東大と京大のコンビに教えてもらえばみんな合格するぞ、ぜったい。


家の子も -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/08 00:41:58 del:

 そうか、テストか!
 人生の中で一番集中するのが大学受験の時ですから、悔いの無いように頑張ってもらいたいですね。

 東大と京大の卒業生が先生とは羨ましい! 家の子も通わせようかしらん。




[2369] 幻の神像 -投稿者: のびあがり 返信 2005/06/02 11:28:39 del:

今、岡直己氏の『神像彫刻の研究』昭和41年角川書店を読んでいる途中なのですが、119ページに「芦屋の野田家に蔵されている像」というのが気になりました。「薬師菩薩神社の神体考」という章中、広隆寺の天部形(本の中では菩薩形)の薬師2体は神像であるとし、その系統をひくものとして薬薗寺や旧前山宏平氏蔵の像と共に挙げられているものですが、野田家だけ写真が載ってなくて姿がわかりません。文中の「38・2センチ」、「簡素な彫法」、「背面に承平4年934の墨書銘」をキーワードにいろんな本を調べたのですが、かすりもしませんでした。他力本願で、みたびポアロ氏やミス・マープルのお力をお貸しいただけませんか。


かすりません -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/03 01:11:52 del:

 調べて見ましたが、判りません。
 もう少し調べてみますが、ミス・マープルにお願いしてみましょう。
 もっとも兵庫のことは、愛・メイベル嬢の方でしょうか?


お尋ねの像に関しまして -投稿者: 波多野愛 返信 2005/06/03 21:27:54 del:

 のびあがり様、はじめまして。
 古佛へのまなざし西日本の波多野愛でございます。姫路市在住にて兵庫県を担当いたしております。管理人様の呼びかけをいただきましたので、参上いたしました。
 岡博士の述べられた芦屋市の神像については、その後、所有者が変わったようですが、なお某所に健在とのことです。薬師菩薩、というより立山神像に近い姿をしています。岡博士は、かつて奈良国立博物館におられたさいに近畿地方の神像の調査を独自のルートにて進められ、例の像を見いだしたそうです。像は、現在も個人蔵であるためこれ以上の記載は控えさせていただきます。
 仏像彫刻を勉強していると、博物館や図録でよく個人蔵のものを見かけますが、私たちは原則として個人蔵の仏像に関しては、所有者が公開を旨としていない限り、一切の詮索や調査を控え、その仏像の詳細や写真を探すこともいたしません。
 御期待にそえられずまことに申し訳ございませんが、なにとぞ御理解を賜りますよう、お願い申し上げます。


有り難う御座いました -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/06/03 23:51:11 del:

 愛・メイベル嬢 有り難う御座いました。 
 背面に墨書銘というのが引っかかりましたが、承平4年の真偽はともかく、立山神像風の像と言うことであれば、何となく納得できます。


お手数かけました -投稿者: のびあがり 返信 2005/06/04 22:02:48 del:

波多野様、管理人様、ありがとうございました。岡氏は従来9世紀とされてきた薬師寺僧形八幡神を、東寺像との「作風」の相違から11世紀が正しいと書かれています。奈良博の「宿院仏師展」を見てきましたが、同じ作者の如来が2体並んでいて、しかも制作年代の差はわずか4か月なのに衣文表現は全く違う気がして、「作風」を理解するのは私にはとてもムズカシイ。現物を目前にしてさえこのありさまですから、文章だけではとてもとても・・・ということで、今回写真を追い求めた次第です。勉強に壁はつきものですが、この壁は(も)高いなあ・・・




[2366] 旅跡をたどって -投稿者: きむちゃん 返信 2005/05/22 23:03:51 del:

「敦子の御朱印帳」なる紀行文がありまして、
「大和古寺巡礼」や「大和古寺風物誌」や
「浄瑠璃寺の春」のごとく、
おなじように、巡ってまいりました。
京都発で、池上院〜大国寺〜石龕寺〜達身寺と。
なにか心地よい気持ちを共有したような感じでございます。


あっ、 -投稿者: きむちゃん 返信 2005/05/22 23:05:09 del:

朱印帳に御はつけてないんでしたね。




[2365] 仏像修理への疑問 -投稿者: のびあがり 返信 2005/05/22 22:12:10 del:

これも長いこと心に引っかかってる事です。仏像写真集を見て、実際にお寺を訪れたら何と写真と大違い、修理され赤茶色に固まった「造立当初」の姿に戻された像を目の当たりにすることがしばしば。私はこんな時がっかりしてしまいます。「江戸時代の修理で塗られた彩色や金箔が像容を損じていたが、取り除いてよくなった」などと言われますが、本当にそうでしょうか?江戸時代に色を塗りなおした人も面白半分でやったわけでは決してなく、大切なホトケサマが痛んできたんで何とかしたいという信仰心がそうさせたのでは。住職は足を棒にして修理費用の布施集めをし、村人は食費を削って寄付したかも。そういう気持ちのこもったものを「わずか200年前のだから」と除去していいのでしょうか。今の我々がすべきことは崩壊を防ぐ必要最低限の修理。あくまで現状維持で次世代にバトンタッチ、では。1000年後の研究者にとって江戸は今の我々の奈良時代ですから。ういた予算は盗難・火災のガード施設へ。でも私の考えは賛同者なく、孤立してきました。


浄楽寺と満願寺 -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/05/23 01:26:25 del:

 今日、酉年の三浦不動尊大開帳で、お不動さんだけでもと思い浄楽寺と満願寺に行って来ました。共に収蔵庫に安置されていますので、予想通りというか、阿弥陀三尊と観音・地蔵も拝観できました。
 浄楽寺の毘沙門と不動はかつては近世の彩色に覆われていましたが、修理の際古色にしたため、印象が全く変わってしまいました。この像の場合、塗膜が浮いて剥がれている状態でしたのでやむを得ないかも知れませんが、確かにどこまで直すかは難しい問題ですね。
 特に江戸時代には品質の劣る材料を使ったり、下地も紙を当てたりと、場合によっては像の寿命を縮めるような補修も見られます。
 文化庁では、文化財の修理に対しては、き損している場合の原状復旧と,き損拡大防止を原則に上記の様な観点も考慮して、補修方法を決定していると思います。




[2363] 17年来の疑問が50分で氷解 -投稿者: のびあがり 返信 2005/05/18 01:27:51 del:

栗東様、管理人様、ありがとうございました。昨夜は質問だけ打ち込んで寝てしまい、50分後にはすでに解答が2件も寄せられていたことを今知りました。全く、お見事!としか言いようがありません。私が『平安初期彫刻史の研究』を読んでこの疑問を抱いたのが1987年のことですから、今日まで17年間に及んだモヤモヤでした。それがあっという間に解決し、ホームズの実力を目の前で見せ付けられた依頼人の心境です。称念寺だったとは!薬師は99年に開帳があり、見に行ってます。厨子に桟があって胸から上が見えず、下から覗き込んだけど真っ暗で、ライトを当てて顔がわかりました。体奥も薄いし衣文も浅く、神像チックだという印象。そういえば井上正氏がスライドで「地元の人はこの像の入っている厨子の前で拍手を打つ。」とおっしゃっていました。形式化した像でしたが基準作例ということでじっくり見ました。まさかあれが西庄村の薬師だったとは・・・おかげさまで「日々疑問」ノートにまたひとつ答えを書き込めます。他にもこのノートにはとりとめもない疑問を記していて、読み返して赤面してます。例えば「小浜は海のある奈良と言われているのに、どうして奈良は海のない小浜と呼ばれないのか?」など。書いた時の本人は大まじめなだけに始末が悪い。称念寺の秘仏は17年後にまた開けますとのことでしたから、次は2016年でしょうか。薬師は秘仏ですが、阿弥陀堂の丈六阿弥陀と破損仏7体も平安後期で、依頼すればいつでも拝観できます。秘仏と言えば、先日夜行バスの往復で山口県美へ行ってきました。目的は興福寺展にあらず、岩崎寺と正法寺の秘仏を見たかったからです。正法寺11面は銘のあるもので、数年違いの在銘像の11面を有する大林寺が美術館とそう遠くない所に位置してるのを地図で知り、電話で拝観を依頼したところ、大林寺の奥さんいわく、「秘仏で一か月まえの4月17日に開帳したばかり。」私「次の開扉はいつですか?」「33年後になります。」「ガーン」・・・33年後って、私もう寂滅為楽の世界かも。興福寺展は中金堂の四天王が出ていて、増長天の邪鬼を見て「定朝の作か・・」と思ってもさすがに平等院阿弥陀との共通項は感じ取れませんでした。


岩崎寺 -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/05/19 00:45:45 del:

 ご丁寧な書込を有り難う御座います。
 本当に、疑問を挙げていくと「夜も眠れない」状態になりますね。
 学生時代「奈良の大仏は何故大きいのか?」というテーマで大議論したことを思い出しました。

 今年の夏に山口を訪ねる計画を立てており、岩崎寺も予定に入れていたのですが、昨年の台風で被災して以来、山口県立美術館に寄託されている様ですね。
 夏も美術館で展示されているのでしょうか?




[2359] 気になる薬師像 -投稿者: のびあがり 返信 2005/05/16 23:45:25 del:

丁寧に教えていただき、ありがとうございました。私の周りには仏教彫刻史に関心のある者はおらず、本を読んでわからないことがあっても自分で調べるには限界があり、困っていました。私は一日4冊の本を4ページずつ、計16ページ読んで独学してきました。不明な点は「日々疑問」と名づけたノートに書き出し、図書館等で納得のいく答えが見つかるまで調べます。この時の「奥へ奥へ」感がたまりません。しかしながら、どうしてもわからず、迷宮入りすることも。今回、そんな中から長年気になっている薬師像について、管理人様のご意見をお教えください。久野健氏の『平安初期彫刻史の研究』319ページ下段に「滋賀県西庄村薬師堂の薬師」というのが11世紀の作例として挙げられていますが、写真がありません。西庄村は大津市ぜぜ町にあり、近江八幡市に『西庄町』もあるのですが、2つの教育委員会の話では「薬師堂に該当するものは今も昔もない。」とのこと。次に琵琶湖文化館に行って、当時の学芸員の岩田茂樹氏に尋ねると、「久野氏の間違いで、伊香郡高月町西野村の薬師堂(充満寺)のことだろう。」と言われました。だとすると久野氏は充満寺の薬師を11世紀の作と考えておられるのかということになりますが、同じ本の188ページでは「大岡寺薬師・保福寺薬師が充満寺の二像よりさらに下り、10世紀中葉より後」と書かれているので矛盾します。私は大岡寺は9世紀中ごろ、保福寺は薬師じゃなく釈迦の間違いですが後世の台座銘907年を信じていいのではと思います。それはともかく、久野氏は充満寺薬師を10世紀中葉よりは前、と考えておられるわけですから、やはり西庄村なる所に知られていない11世紀の薬師の古像が存在しているのでしょうか?


滋賀県西庄村薬師堂の薬師 -投稿者: 栗東晴子 返信 2005/05/17 00:38:45 del:

のびあがり様、初めまして。
 古佛へのまなざし西日本、滋賀県担当の栗東晴子と申します。おたずねの仏像について存じ上げておりますので、ここに紹介いたします。
 まず、久野健先生の言われる滋賀県西庄村薬師堂の薬師、というのは昭和30年までの呼び名です。西庄村はかつての滋賀県高島郡西庄村であり、合併によりマキノ町となり、さらに最近の合併市制により高島市となっています。
 この高島市の上開田という地に薬師堂があり、管理上は称念寺に属しているようですので、私たちのページの「目録」では称念寺の名前にて収録させてもらっています。しかし、地元では上開田薬師堂の名で呼ばれているそうです。
 薬師堂の本尊、薬師如来立像は秘仏ですが、胎内に延久六年(1074)の造立銘があり、仏師僧源増が造ったことが知られます。久野先生の書かれるとおり、11世紀後半期に位置する在銘像です。旧国宝指定をうけ、現在は国重文に指定されております。写真は、至文堂の「日本の美術224 近江の仏像」の第95図などで見られます。
 以上でございます。


称念寺の薬師如来立像 -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/05/17 00:57:58 del:

 ご熱心さに頭が下がります。
 でも、ご自身で調べたことは、忘れないものです
 滋賀県には、未だ知られていない古像が沢山あるとは思いますが、ご指摘の像は、高島市マキノ町上開田の称念寺の薬師如来立像(重文)の事ですね。
 この像は、胎内に、延久6年(1074)仏師僧源増、手画僧頼円の墨書銘があります。
 旧住所は滋賀県高島郡西庄村大字上開田で、昭和30年に西庄村が合併してマキノ町になり、本年1月に高島市になりました。

 容量の制限で、不明瞭かも知れませんが写真を添付します。


タッチの差で電話の特許を逃したエジソンの気分? -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/05/17 01:04:46 del:

 調べて回答を打ち込んだら、栗東さんの回答が既に投稿されていました。
 う〜ん。
タッチの差で電話の特許を逃したエジソンの気分です。




[2356] 教えてください -投稿者: のびあがり 返信 2005/05/13 22:40:33 del:

『図説日本文化史大系4平安時代(上)』昭和33年小学館という本を読んでいたら、299ページに「弘仁・貞観的作風を示しているが和様化への傾向を示す例」として、獅子窟寺薬師などとともに「長尾美術館の弥勒菩薩座像」と書かれてありました。長尾はもう廃館になって久しく、ここの薬師座像は国宝で今は奈良博蔵というのは知っていましたが、9世紀末の弥勒の像とは初耳でした。現在どこにあるのか、写真の載っている本はあるのか等、教えていただけませんか?重文ではないようです。平安初期、弥勒菩薩、をキーワードに私の持っている本をかたっぱしからひもといたのですが、見つかりませんでした。


試みの大仏と混乱? -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/05/15 01:36:48 del:

 確かにそう書いてありますね。
 この箇所は蓮実重康氏の執筆になるものですが、文章の流れから言うと、奈良博蔵薬師如来坐像の事だと思います。
 東京大学に蓮実氏の所蔵していた写真が残されていますが、その中に獅子窟寺薬師如来像などと並んで「長尾美術館阿弥陀如来」と書かれたものもあり、奈良博に寄託されている東大寺弥勒仏坐像(いわゆる「試みの大仏」ですね)と混乱されたのではないでしょうか。




[2355] 空海高野山展が -投稿者: きむちゃん 返信 2005/05/13 21:12:22 del:

やっと金沢の地にやってきます。
京博の高野山展からスタートして、もうどれだけ経ったことでしょう。
それでも、みんな孔雀明王座像に一喜一憂するのでしょうね。
ふぅ〜む。


高野山展を見ていない人は幸せ? -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/05/15 01:59:00 del:

 これだけ長期に亘って全国を廻る展覧会も珍しいですね。きっと感激されると思います。
 かつて、薬師寺の薬師三尊を拝していない人は幸せだ、いつかあの感激に出会える機会があるのだから、と言った先生がいたそうですが、そんな気分でしょうか。




[2354] 暫くの御無沙汰でした -投稿者: 管理人 home page 返信 2005/05/09 01:25:10 del:

 私のゴールデンウィークは、休日出張と身内の不幸で暮れてしまいましたが、共に関西でしたので、半日だけ駆け足で東福寺の寺宝展と法性寺の千手観音像を拝観してきました。
 以前、万寿寺の阿弥陀如来像は今どこにあるかという質問に対して、京博では、と回答したことがありましたが、今回の東福寺の寺宝展で公開されていましたね。何でも、東福寺の収蔵庫「光明宝殿」は、京博に寄託していた万寿寺の阿弥陀像や金剛力士像などを安置するために、約20年前に建てられたそうです。

 平泉と小浜は楽しかったようで何よりです。
 鷹島さんの御質問、神様とは何?、というのは、すなわち、神奈川の語源ということになりますが、これは、現在の横浜市神奈川区辺りにあった川を「神無川」、「上無川」などと呼んでいたことからとも言われますが、諸説ありはっきりしないようですね。従って神仏習合かどうかは不明ということになりますか。