訪れ帖

 

 




[2447] 暑中お見舞い申し上げます -投稿者: 結城美穂 返信 2005/07/18 18:24:52 del:

 神様、暑中お見舞い申し上げます。
 神様の、(かつては、花を口実に女の子を誘っていた!)という書き込み!!
 やっぱりあるじゃないですか、神様の青春の一ページが。その詳細をここによろしくお願いいたしますね。私なんか、花を口実に誘われたこともないのです ヨ!







花の美穂さんには -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/18 23:43:08 del:

 結城さんは、ご自身が花だから誘われる必要も無い訳で・・・ (ヘヘッ)。

 中秋の名月の夜、ハギの咲き誇る唐招提寺の鑑真廟の奥に入ると、一つのシルエットが急に二つに分かれ、逆にこちらの方が気恥ずかしくなったことを思い出 しました。
 後は、牡丹の乙訓寺、桜の勝持寺、石楠花の室生寺などでしょうか。
 禁断の交換日記を開けてみようかなぁ〜?!。




[2446] 暑中お見舞い申し上げます -投稿者: 出雲美希 返信 2005/07/18 18:18:02 del:

 暑中お見舞い申し上げます
 土曜から松江の実家に帰っていました。お盆は京都で仕事に追われるので帰省出来ないから、この連休を使って家族の顔を見にいったのでした。祇園祭は見ら れませんでしたが、宍道湖の弁天島の姿に安らぎました。
 松江も暑いですが、京都はもっと暑い・・。


島根 -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/18 23:44:22 del:

 島根は、私の母親の郷里でもある(とは言っても浜田ですが) ので懐かしいですね。
 宍道湖の静けさと、日本海の荒々しさが対照的で、大寺の四天王が心に残る場所です。




[2445] 美河梨絵さん,ありがとうございます。 -投稿者: 阪本敏行 返信 2005/07/18 09:22:00 del:

早速,一宮市博物館へ行って,長隆寺像を見ていただけたのですね。ありがと うございます。
そうですか。阿弥陀如来坐像は慶派の仏師がつくった可能性が高いですか。
私は現在,和歌山県岩出町遍照寺の弘法太子像(良円制作)の研究をきっかけとして円派の足跡を全国的規模で探っていこうと考えています。
でも,私は歴史学を勉強していますが,美術史を勉強していませんので,藤末鎌初の仏像の円派・院派・慶派の区別がもう一つつきません。
もし,差し支えなければメールなどでその根拠などお教えいただければありがたいと思います。




[2444] 暑中お見舞い申し上げます -投稿者: 栗東晴子 返信 2005/07/18 00:18:58 del:

 暑中お見舞い申し上げます。
 金勝山の緑も深まって湖面にも日差しは強く光ります。昨日と今日は両親を連れて飛騨高山へ行ってきました。飛騨国分寺の薬師と観音、天照寺の阿弥陀も しっかり見学しました。街並みに心が和み、赤い宮橋や陣屋の構えに懐かしい気分を味わいました。
 東海北陸道が高山まで開通していたので、栗東から三時間ぐらいで行けました。帰途に白鳥の白山文化博物館と長滝寺滝宝殿を見学、宋風の釈迦三尊、四天 王、韋駄天ら慶派の優れた仏像群もしっかり見学しました。宝物館に入ると読経のBGMが流れるのですよ。ムードは満点。


孝行をしたいときには・・・ -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/18 23:45:29 del:

 私の母は、震災後、父は今年95才で他界しましたので、両親 を連れてというのが羨ましい。
 孝行をしたいときには・・・、とならないよう頑張って親孝行をして下さい。




[2440] 暑中お見舞い申し上げます。 -投稿者: 骨皮道賢 返信 2005/07/17 22:36:36 del:

暑中お見舞い申し上げます。
 今年は特に暑いようですが、休日もめげずに取材に出かけます。昨日は岐阜の真長寺にて釈迦像の写真を撮りました。今日は奈良の富貴寺にて釈迦像を撮影し ました。
 どちらも、定朝時代の造形が濃厚で、富貴寺像は表現のなかに初発性を感じました。
 私の舞台は丹波路から大和路に移りつつあります。なにかホッとする気分です。


関東も暑い日ばかりです -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/17 23:42:14 del:

 早速、神仏のかたちの取材でしょうか。写真まで御自身で撮ら れるのは、時間もかかって大変でしょうね。

 先日久しぶりに西大寺を通過(!)しましたが、懐かしい思いに駆られました。
 毎週のように神戸には行くのですが日帰りばかり、今度は少し腰を落ち着けてゆっくり浸ってみたいですね。




[2438] 一宮市博物館 -投稿者: 美河梨絵 返信 2005/07/17 22:19:23 del:

暑中お見舞い申し上げます。
ここにお邪魔するのも久しぶりで、書き込むのにちょっと緊張しました。

今日は一宮市の妙興寺へ行きました。境内横の一宮市博物館へも行きました。二階の長隆寺阿弥陀三尊像もしっかり見てまいりました。脇侍菩薩は14世紀の標 準的な菩薩の顔つきですが、阿弥陀像の顔は独特ですね。でも慶派の造形特徴がよく出ています。
来週は曼陀羅寺へ行こうかな。


花が口実 -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/17 23:40:21 del:

 長隆寺阿弥陀像は慶派ですか。慶派東漸の一つなのでしょう か。やっぱり実見しないとダメですね。
 曼陀羅寺は、藤の曼陀羅寺ですか。最近は花に惹かれてお寺に行くことがメッキリ少なくなってしまいました(かつては、花を口実に女の子を誘ってい た!)。




[2436] 信長の野望 -投稿者: 十河正保 返信 2005/07/17 17:15:33 del:

やっと分かったぞ、奈良ちゃんはプレステか何かで「信長の野望 武将風雲 録」をやってるのかな?チーちゃんも元気そうで何より。

しかし、のぶちゃん、ノブリン、のぶちー、とは織田信長のことやったか。

僕も久しぶりにやってみようかね。


自滅的 -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/17 23:50:17 del:

 う〜ん。私は、RPGという地道に組立ていくタイプのゲーム が苦手で、いつも極端な攻めをして自滅しています。
 人生も同じかなあ〜。

 家の子なんかも、小さい時からRPGをやっているので苦にならない様ですが・・・。
 でも、実生活は自滅的・・・!。




[2435] のぶちー -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/07/17 17:09:16 del:

初代と二代目が一緒にひとこと。

よし、一緒にお茶会だ!




[2434] ノブリン -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/07/17 17:05:21 del:

あー、長谷川等伯が来た・・・




[2432] のぶちゃん -投稿者: 奈良敦子 返信 2005/07/17 12:49:31 del:

あー、イナゴの大群だ・・・・


えっと〜 -投稿者: きむちゃん 返信 2005/07/17 16:12:56 del:

奈良ちゃん、それとも敦子くん?
イナゴ群生の地に行ったのでしょうか?

月末は、信州にいきます。
敦子くんの、はしたおびを辿ります。


イナゴの大群 -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/07/17 17:21:10 del:

これが出たら収穫量が減るの。
そしたらお金が無くなるの。
十河編集長のおっしゃるとおり、千葉隊長と信長の野望を遊んでいます。

名前、千葉隊長のと間違えました。
ところで、はしたおび、って何ですか。




[2430] 暑中お見舞い申し上げます。 -投稿者: 波多野愛 返信 2005/07/14 23:58:40 del:

 高見様、暑中お見舞い申し上げます。
 今年の夏も暑くなりそうですね。

 今年の夏は、古佛のみなさん静かに地味に活動しています。新適塾は受験のためお休み、スタッフは東も西もそれぞれ別館資料の情報収集に専念しています。
 私は、近頃は大和の古寺巡りが多いです。この前、高松塚古墳の覆屋も見てきました。


宮仕えの悲しさ -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/15 23:30:28 del:

 泊まりがけの出張で神戸、大和郡山、京都、彦根に行ってきま した。この二日間は特に暑かったですね。
 皆さんも無理して暑さにやられないようご注意ください。

 数十年振りにJR奈良線に乗って法隆寺、大和小泉を通り、駅の周囲の余りの変化の無さに逆にビックリ(大学時代、ホーロー製の法隆寺の駅標を下宿に飾っ ているやつが居たなぁー)。
 近鉄大和郡山からは、車窓から薬師寺と唐招堤寺を眺めつつ、後髪を引かれる思いで通過(そう言えば薬師寺には西塔が出来てから行ったことがない!)、京 都からは、湖南三山、湖東三山の遠望に涙しながら出張先に向いました。
 今度はゆっくり奈良見物したいものです。




[2427] 壁画が水浸し? -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/11 23:30:24 del:

 文化庁は、高松塚古墳石室解体までの緊急措置として、石室内の温度を下げ カビを抑える目的で冷却パイプを設置することを決めたようです。
 墳丘の表面と、石室の床下1.5mの地中に約150本のパイプを設置し、2度前後の冷却水を循環させ、上下から挟むような形で石室を冷やすとのことで、 冷却は9月初めから開始するそうです。
 素人考えでは、2度の冷水を流したら、大気と隔離していない限り、結露して土の中が水浸しになると思うのですが、壁画に影響はないのでしょうか。




[2422] 異常発見 -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/07/11 00:21:35 del:

こちらでの更新部分「謎を秘めた仏たち」をクリックすると、パソコンが止 まったまま動かなくなるのです。
どうしてなのですか?


高校生は、12時前に寝なさい! -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/11 01:04:26 del:

 サイトの更新内容を見るのは、月曜の朝からにしなさい。
 パソコンとFTPを変えたら、更新に手間取ってしまいました。
 やっと直った。フーッ。


高校生じゃないです -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/07/11 18:18:21 del:

亜弓は、すでに大学一回生なのです。


いつまでたっても -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/11 22:59:31 del:

 いかん、いかん、
 そういえば家の子も今年大学一年生だった。




[2419] 愛知の長隆寺像について -投稿者: 阪本敏行 返信 2005/07/09 17:40:30 del:

過日,愛知県一宮市の一宮市博物館に委託展示されている長隆寺旧蔵の阿弥陀 三尊菩薩像を久し振りに拝観してきました。
阿弥陀如来坐像は鎌倉時代初期の定朝風の名残を色濃く残した仏像で,心に安らぎを与えてくれる仏像でした。
なお,脇侍の観音菩薩立像と勢至菩薩立像は鎌倉時代末期の仏像で,仏師名も制作年も胎内の銘から明らかになっています。仏師は円派仏師の法橋良円(法印常 円の子息)で,元亨三年(1323)に制作されたようです。
作者や時代背景が違うためか,阿弥陀像と両脇侍仏とではかなり印象が違います。しかし,両者ともどこかで同じ様な仏像を見た記憶が何故か残っています。
管理人様は拝観したことがありますか?
もし見たことがあれば特に阿弥陀如来像が何派に属する仏師によって作られたか,推定で結構ですから教えて下さい。
やはり円派でしょうか?


円派?院派? -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/10 23:07:08 del:

 残念ながら、実見しておりません。
 長隆寺は当地の豪族である中島氏の菩提寺とされており、中島氏は朝廷と関わりもあったことから、中央風の尊像が安置されたとしても不思議はないと思われ ます。
 この像は、元尾張国分寺にあったと伝わる安楽寺阿弥陀如来像にも近いですが、私自身、藤原仏は皆同じに見えてしまいます(^^;)ので、円派、院派とい うよりは、定朝様式を忠実に模したというのが正しいのではないかと思いますが・・・。


円派も院派も、円派と院派 -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/07/11 21:56:09 del:

定朝様式を忠実に模したのは、円派も院派も同じだと思います。 微妙なところで、それぞれの主張をかたちにして大切に育てていたのだと思います。でも亜弓にも、藤原仏は皆同じに見えてしまいますので、今度代表に会った ら質問して教えてもらいます。


思い出したが,思い出せ ず。 -投稿者: 阪本敏行 返信 2005/07/12 00:55:11 del:

「作 者や時代背景が違うためか,阿弥陀像と両脇侍仏とではかなり印象が違います。しかし,両者ともどこかで同じ様な仏像を見た記憶が何故か残っています」と書 きましたが,両脇侍仏については思い出しました。立像と坐像の違いはありますが,面影や彫りの深さなどは和歌山県田辺市泉養寺の両脇侍仏によく似ていま す。でも,他人(他仏??)の空似といわれそう・・・・。
でも,阿弥陀如来像については,思い出せず。管理人さんに紹介された安楽寺阿弥陀如来像を見に行こうかな・・・・。




[2416] 仏像盗難? -投稿者: のびあがり 返信 2005/07/09 01:42:40 del:

今 しがた三重の知人から電話があり、世間話をしてるうち、「昨年の今頃、南島町で仏さんが盗まれた。まだ見つかってない。2年前四日市博物館の特別展にも出 てたもの。」と言うので、『仏像東漸』の図録を見ました。どうやら西方寺の大日(県指定)のことのようです。等身を超える大きさなのに盗られるなん て・・・ただ知人は仏教美術には関心のない人なので、事実かどうかわかりません。貴ページの「盗難文化財」には載ってませんでしたが、管理人様、この情報 は真実ですか?いい御像なのに、本当だとしたらショックです。


事実です -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/09 09:49:42 del:

 残念ながら三重県南島町河内の西方寺の大日如来坐像に間違い ありません。
 地方紙に共同通信の記事として掲載されたようです。
 盗まれたのがわかったのは、昨年ではなく、2003年8月17日ですから、仏像東漸展(4/26〜6/1)の直後ということになります。
 なお、西方寺は、今年5月に本堂が建替えられ、大日如来像の帰りを待ちわびているそうです。

 岩手の平安仏はいかがでしたか?


残念です -投稿者: のびあがり 返信 2005/07/10 00:06:44 del:

管 理人様、情報ありがとうございました。犯行が特別展の直後というのは、何ともいやーな気分。一般公開と文化財保護の問題は高松塚古墳に限らないということ でしょうか。諸刃の剣・・・。一日も早く見つかりますように。南島町教育委員会のホームページも見ましたが、載ってませんでした。せめてそこには写真と共 にWANTEDすべきです。
『岩手の平安仏』はA4のページ一面に顔がアップで載ってたりして迫力あります。しかも走湯神社の十一面とか赤沢薬師堂の七仏薬師とか初めて見るような像 がオールカラーで、感激しました。中身知らずの目録注文、今回は「あたり」です。




[2414] 勇将朝倉宗滴 -投稿者: 菊亭晴竹 返信 2005/07/06 20:36:38 del:

奈良ちゃんに一言。
朝倉宗滴、が正しい書き方。念のため。
本来は朝倉教景、名将だった朝倉氏四代目孝景の七男。戦国の勇将としては日本でもベスト10に入る。学もあり、武芸にも秀でて、人望も抜群にあった人だ し、織田信長の将来を予見したことでも知られる。書き物も多く残している。
この朝倉宗滴の没後、朝倉氏はあっけなく滅亡した。


ベスト10 -投稿者: 十河正保 返信 2005/07/06 20:48:58 del:

新さん、戦国の勇将ベスト10を挙げましょう。
 津軽為信 片倉景綱 直江兼続 長野業正
 馬場信房 真田昌幸 朝倉宗滴 立花道雪
 高橋紹運 鍋島直茂

 




[2412] 601隊長はサムライ -投稿者: 奈良亜弓 返信 2005/07/05 20:32:28 del:

 こないだの土曜日、本部にて第601隊の隊長になられる方に初めてお会い してきました。
 亜弓もちゃんとお話ししてきました。
 大学時代は山岳仏教関係を専攻されたそうです。特技は剣道、流派は中条流。出身は福井県。住所は福井市の一乗谷の近く。趣味は戦国合戦関係のゲーム。信 条は「御山に仇なす輩は叩っ切る!」だそうです。サムライみたいで、ちょっと怖かったです。
 そしてスタッフ名は「朝倉宗適」。
 これを聞いた代表や黒田さんや栗東さんたちは大喜びで拍手していました。でも亜弓には大喜びの理由が分かりませんでした。


生涯現役 -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/05 23:42:55 del:

 18才から79才まで戦場に立ち続けたとか。
 年金支給が63才からになると文句を言っているようではだめですかね。




[2407] 中世版将棋 -投稿者: 十河正保 返信 2005/07/01 02:40:26 del:

 今まで菊亭氏と、中世版の将棋をやっていて、やっと終わりました。僕が負 けました。
 今回やったのは戦国大名の朝倉氏が使用していたとされる将棋で、駒の数が現行のものより一個多く「酔象」と呼ばれる駒を王将の手前におきます。 これは飛車と角を合わせた動きをするので、なかなか使え、逆に敵の駒には苦戦させられました。朝倉氏はこんな難しい将棋をやっていたのかと勉強させられま した。
 将棋マニアでもある菊亭氏によれば、日本の将棋は色々な形式があって、平安時代の将棋には「大将棋」と呼ばれる現行の倍の数の駒を用いるものがあったそ うです。現行のものは「小将棋」と言われてもっともシンプルな形式なのだそうです。
 菊亭氏は、「囲碁やチェスなどの数ある古典ゲームのなかで、将棋だけは絶対にコンピューターに覚えさせることが不可能だ」と言います。敵の駒を とってから自分の駒として使用出来るルールは、世界でも将棋にしかなく、そのルールをコンピューターで計算するのは無理だからだそうです。将棋に関しては 人間の頭脳がコンピューターに勝るのです。


将棋ソフトは人間に勝てない・・・ -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/01 12:02:15 del:

 将棋ソフトは人間に勝てない・・・
 と聞いていましたが、先日の将棋のアマチュア竜王戦で特別参加した将棋ソフトがベスト16に進出し、近いうちにプロ棋士と互角に対戦できるようになるの ではと話題になっています・・・。
 早指し将棋ではコンピューターが勝つのは時間の問題という話もありますし、計算能力は級数的に進歩していますから、可能性はあるのではと思いますがどう でしょう。。

 大将棋は、横浜では今でも定例対局会が行なわれているそうです。


大将棋の事。 -投稿者: 悪僧 返信 2005/07/02 19:44:48 del:

管理人様,お久し振りです。4ヵ月振りに投稿しま す。
大将棋は、今でも横浜で定例対局会が行なわれているそうですが,差し支えなければその場所を教えて貰えませんか?
一度,見に行きたいと思います,平安時代に行われた将棋の勉強のため。


大将棋、中将棋などもあり ます -投稿者: 管理人 home page返信 2005/07/02 22:59:48 del:

 場所は、ヨコハマカフェ(横濱茶館) (http://www.cha-cafe.jp/)
の中にある横濱古典遊技倶楽部です。
 伊勢佐木通りから少し入った、日ノ出町の近くです。
 大将棋、中将棋を始め、投扇興(なげおうぎ)、投壺その他の古典ゲームをやっています。

 連絡先等、ホームページをご覧下さい。サイトを眺めているだけでも、結構面白いです。


ありがとうご ざいました。 -投稿者: 悪僧 返信 2005/07/03 18:21:52 del:

近くに結婚した娘が住んでいますの で,外孫を見がてら一度見学してきます。面白そうですね。




[2401] 質問2つ -投稿者: のびあがり 返信 2005/06/29 00:39:34 del:

私は教えていただいた方には大声で「ありがとうございましたーっ!」とお礼 を言いますので、以下2点、どうかご教示ください。どちらも鞍馬寺の毘沙門天についてです。
1・岡直己氏の『神像彫刻の研究』205ページ14行目、鞍馬寺の国宝の毘沙門天の耳について「仏像の武装天部像の耳ではなく、菩薩形の耳に造られている ことが注目される。このことも仏教的な儀軌によっているものではない・・・その耳は非常に大きくつくられている。」とありますが、毘沙門天の写真集を見る と、耳の大きさは他の毘沙門も皆大きく、鞍馬寺の耳が注目すべきほど特殊な大きさだとは私には思えませんでした。どのように考えたらいいのでしょうか?
2・上の疑問を調べるため、至文堂日本の美術315『毘沙門天像』を見ていたら、63ページ上段11行目に「鞍馬寺では1238年の焼亡後に造 立された仏師定慶作の3体の毘沙門天が秘仏として祀られている」と松浦正昭氏が書かれているのが目に留まりました。そこで定慶について調べたのですが、聖 観音のことばかりで、毘沙門を造ったという記述はゼロ。銘文集にも載ってないので、古文献に記載されてるのでしょうか?現存していて写真はあるのでしょう か?
お忙しい中、稚拙な質問で申し訳ありませんが、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」を座右の銘とする私に、管理人様をはじめとする方々の灰色の脳細胞の お力をお貸しください。


鞍馬寺毘沙門天像 -投稿者: 結城美穂 返信 2005/06/29 09:52:30 del:

 のびあがり様、初めまして。
 古佛へのまなざし西日本の結城美穂です。御質問にお答えいたします。
 1については、岡先生なりの受け止め方であったとみておくべきでしょう。あまり深刻に考えないのが良いと思います。
 2については、鞍馬寺奥の院にある三躯の鎌倉前期の鞍馬式毘沙門天立像のことを指しているものと思います。ただこれらが実際に肥後定慶の作であるかは微 妙なところで、私自身は、一応湛慶世代の仏師の作風において理解する考え方を支持しています。
 三躯のうち一躯はすでに紹介され、淡交社の古寺巡礼京都シリーズなどにも写真がありますが、他の二躯は東博の「鎌倉時代の彫刻」で初めて公開さ れ、写真もあります。しかし肥後定慶の作とは述べられておらず、13世紀半ばに置かれています。その後、鎌倉彫刻関連の論文などで取り上げられています が、肥後定慶との関連づけはなされておらず、今後検討されるべき重要作例のひとつと思われます。
 肥後定慶には、東京芸大蔵の毘沙門天立像が作品として在りますが、その作風と比較すると、鞍馬寺の三躯の像は特に頭部の輪郭や表情の作りにお いて個性的なところがあります。エラの張った男性的な逞しい感覚が強いです。姿勢や胴体のひねり方は左右逆ですが似かよっています。運慶や湛慶の毘沙門天 像からの系譜上には間違いなく入りますが、別の情感も入っていて、運慶や湛慶の作風をよく理解した仏師の手になることを感じさせます。その候補に肥後定慶 を挙げることも可能ですが、もう少し検討してみる必要があると思っています。高野山正智院の毘沙門天立像あたりと比較したりしながら考えてみたい像です。


追加情報 -投稿者: 管理人 home page返信 2005/06/29 16:38:48 del:

 鞍馬寺奥の院の三躯の鞍馬式毘沙門天立像の内一体は、昨年京 都市指定文化財に登録され、京都市の公式ホームページ 「京都市情報館」に写真が掲載されています。

 京都市情報館(http://www.city.kyoto.jp/)から芸術文化 → 京都市指定登録文化財 → 22回指定・登録


つけくわえ -投稿者: とおりすがり 返信 2005/06/29 19:54:49 del:

京都市が出している『京都市の文化財』第22集に、指定の際の 京都市の見解が出ています。
指定の一体は、肥後定慶の聖観音と同時期におそらく同じ、もしくは近い仏師により作られたのではないでしょうか。他の二体はその模刻です。鞍馬寺は延暦寺 の末寺として、きっと観音と毘沙門を安置したのでしょう(不動がいはったかは微妙)。
なお、これらの仏さんたちは、鞍馬寺の宝物館にいけば拝めますよ。


感謝 -投稿者: のびあがり 返信 2005/06/30 00:54:19 del:

結 城様、とても丁寧な回答をいただきまして、本当にありがとうございました。投稿の後、古佛へのまなざしにお邪魔して定慶をクリックしたら、鞍馬の3毘沙門 も「伝」として載っていて、「さすが!」という感じ。ちまたにあふれる『事典』類を凌駕してあまりある情報量ですね。今後は書籍をひもとく前に、まず「古 佛」を訪問いたします。

管理人様、いつも必ず役に立つお答えをいただき、その度ごとに目からうろこ状態です。数学的な解答ではなく、さらに探究心を刺激されるような返信に、すっ かりフアン(「不安」ではありません)になってしまいました。ありがとうございました。

とおりすがり様、貴重な情報ありがとうございます。宝物館で拝めるのでしたら、やはり実見するのが一番!避暑も兼ねて鞍馬へGO!3体の伝定慶作毘沙門ズ を自分の眼で確かめてきます。

教えていただいた方々にお礼を述べて、よい子の約束を守ったところで、おやすみなさい。