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訪れ帖  神奈川仏教文化研究所


[50] おめでとうございます 投稿者:管理人 投稿日:2006/01/02(Mon) 23:52

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 明けましておめでとうございます。

 本年はより充実したホームページ創りが出来るよう努力していきたいと考えております。
 どうぞ、皆様の絶大なるご協力をお願い申し上げます。



[48] 年末の御挨拶 投稿者:管理人 投稿日:2005/12/30(Fri) 10:57

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 本年は当サイトにご訪問頂きまして、誠に有り難うございました。
 来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。



[46] ジャンク書込み 投稿者:管理人 投稿日:2005/12/26(Mon) 00:41

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 この所、関連のないジャンク書込みが頻発しています。
 海外からの書込みで、ほとんどがリンク付きのアドレスを羅列しています。
 その都度発信元のサーバー制限を行っていますが、サーバーを変えて送ってくるようで、完全には防ぎきれません。

 怪しげなリンク先をクリックしないようお気をつけ下さい。
 



[41] はじめまして 投稿者:加藤春秋 投稿日:2005/12/22(Thu) 21:43

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はじめて投稿いたします。加藤春秋と申します。

管理人の高見様とは何度かメールの交換をさせていただいていますが、この訪れ帖には、はじめて書かせていただきます。
いつも、朝田氏の“埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜”や、高見氏の“貞観の息吹き”を楽しく、また大変興味深く読ませていただいています。大学のサークルから発展してここまで興味を持続させることができたのは並大抵のことではないとおもいますし、同じような境遇に共感をおぼえております。

さて、朝田氏の論文に法隆寺再建非再建論争に関する本の紹介と、論争史をふりかえっている一文を拝見して、大変なつかしく、また昔、学生時代に興味をもって調べたことを思い出しました。その後、すっかりと忘れていましたが、朝田氏の論文に昔の記憶が甦り、もう一度調べてみようかと思った矢先、12月14日付の朝日新聞夕刊に早稲田大学で、法隆寺論争100年シンポジウムが先週の12月11日に開かれたの見て愕然としました。
わが母校で開かれていたなんて、後の祭りでした。もっとも、その日は、仕事でどのみち行けませんでしたが・・・・
くやしさがつのり、せめて、シンポジウムのレジュメでもないかと、早稲田大学会津八一記念博物館を訪ねたところ、「法隆寺 資料集」というシンポジウム用に作られた本を売っていました。頒価1000円です。
ちなみに、博物館は明日(12月23日)から1月9日まで休館です。
中を開けて見ると、講演の要旨が載っていましたが、圧巻は66ページにもおよぶ法隆寺関係の文献目録が掲載されていたことです。これだけで、もう法隆寺関係の文献を探すことはなくなりました。よく調べたと思います。
新聞にも書かれていましたが、このシンポジウムでは、論争から100年という記念の年ということで、何か新しい発見や、新説があったわけではなく、謎がいまだ解けずということのようです。もしこのシンポに参加していた読者がおられましたら、その場の雰囲気でもお教えいただければとおもいますが・・

法隆寺論争は現在、どこまでわかって、何がわからないのかという整理をつけた著作がないようです。朝田氏の論文を読んで何かすっきりした気持ちにならないのは、その後何がわかったのだろうか?という疑問が解消されないからなのでしょう。(これは朝田氏の論文のせいではありませんので、あしからず。)
誰か、その後の法隆寺論争という題で、続きを書いていただければと思うのですが・・・
勝手なお願いと駄文を最後まで読んでいただき、謝意を表します。



[42] Re: はじめまして 管理人 - 2005/12/23(Fri) 02:51

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 初めての書込み有り難うございます。
 その道の専門である加藤さんからコメントを頂き、痛み入ります。
 日本文化史の研究は法隆寺再建非再建論争から始まったといっても過言ではなく、白か黒かという結果だけでなくその着眼、論証の手法、分野を超えた多面的な論拠の構築という点で、各方面の研究に大きく貢献した事件であったと思います。
 最近になって、若草伽藍跡からの彩色壁画片の出土や、五重塔の心柱の年輪年代法による年代確定などが相次ぎ、新たな注目を集めています。

 シンポジュームの前日、パネラーとして出席された西川杏太郎先生と講演要旨集を見せて頂きながら少しお話しする機会がありました。
 西川先生は、年輪年代法や内視鏡等の活用を早くから提唱されていた方で、近年科学的解析による各種の分析は目覚ましい進歩をしており、最大限活用し行かねばならないが、そのデータを研究者がどのように取り扱い総合的な判断の中で生かしていくかがこれから益々重要になってくる、と仰ってました。
 
 私も、シンポジューム自体は平日でもあり参加できませんでしたが、法隆寺も、昭和資材帳が一段落し、論争から100年を区切りとして、先人の残した貴重な資料を元に、これから若い研究者の活躍の場が生まれてくるのかも知れません。



[38] 国立博物館の民活は 投稿者:管理人 投稿日:2005/12/21(Wed) 12:47

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 いやはや、読んでいるだけで疲れてきそうな熱心さです。

 このところ、各地の博物館も撮影可能なところが増えてありがたいですね。
 でも、一方では、ろくなパンフレットも無いくせに撮影禁止というところも、まだまだ多いようです。

 九博は私もまだ行っておりませんが、所蔵品がほとんどないから(^^;)ダメなんではないでしょうか。
 国立博物館の民活も始まるようだし、写真撮影一枚につき○○円、なんてなったりして。



[39] 「まだまだだね」byテニ... のびあがり - 2005/12/22(Thu) 02:20



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博物館における「熱心さ」には思い出があります。
1988年5月29日、私は京博の「仁和寺の名宝」展を訪れました。今は国宝の薬師ですが、当時発見されたばかりで未指定のまま出品されていました。この像の前でライトをあて一眼鏡で見つつ、ファイルに赤鉛筆や青鉛筆で書き込んでいる一人の若者がいました。「図録では10,7センチとなってるけど、台座をいれればもっと大きいね。」と話しかけると、若者は「座高をとってる。その方が他の如来像と比較しやすい。藤原くらいなら髪際線までで測るのが普通。」と答え、この像のみどころをとうとうとレクチャーしてくれました。すごく面白くて、私はノートするのに必死でした。彼は以前、三重県博でも見かけたことがあり、その時もすごく熱心だったので印象に残っていたのです。身分を尋ねると、東京芸大の院生とのこと。私が他の展示品を見て、閉館前にもう一度薬師像の前へ行ったら、彼はまだいて、話を聞くと「開館から今までこの薬師一体だけを調べてた。」とのこと。さらに「昨日も来て一日中この像を見ていた。」
さすがに「ただ者にあらず」と思いました。
しばらくしてNHKの番組で多武峰伝来の東博の十一面観音を取り上げたとき、かの若者が映っており、名前を知りました。松田誠一郎氏だったのです。

こういった方がおられるわけですから、素人の私なんて・・・
時間をかければよいというものでもないでしょうけど、見ているようで実は見えていない気がして不安になることがあります。



[40] まだまだです 管理人 - 2005/12/22(Thu) 19:13

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 名作は見るたびに新しい発見がある、というのは松田誠一郎さんの言葉です。
 でも、10cmを二日間だと、等身大の像は一ヶ月もかかる!?

 最近は、地方の出張に託けては、早出して慌しく拝観することも多く、朝から晩まで眺めているような気力も時間もありませんが、たまにはじっくりと仏様と付き合えるような余裕が欲しいですね。



[35] 暗すぎる 投稿者:のびあがり 投稿日:2005/12/20(Tue) 00:15

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お久しぶりです。京都国博の天台展は確かに見ごたえのある佳作ぞろいでしたが、それだけに「絵画はともかく、せめて彫刻はもっと明るい環境で見たかった。」というのが正直な感想です。特に中央室の暗さはひどかったと思いません?鞍馬寺の毘沙門は玉眼が確認できなかったので、2回目の時に開館と同時に真っ先にこの像の前に行って懐中電灯をあてたのですが、すぐ監視員に注意されてしまいました。周りには誰もおらず、他人の鑑賞の邪魔にはならないはず。わずか10秒やそこら光を当てることがどうしてダメなのでしょうか。
これがお寺で拝観するのでしたら、信仰の対象ということで懐中電灯不可は理解できます。しかし博物館は「見せてナンボ」でしょう。作品保護?・・・彫刻は絵画と違います。現に安祥寺五智如来はあの明るさのもとで年中展示しているではありませんか。
どうも京博は「見せてやっている」というお上意識が濃厚で、国立博物館の中では一番嫌いです。
来年の東京では、せめて彫刻は見やすい環境であることを期待します。



[36] Re: 暗すぎる 管理人 - 2005/12/20(Tue) 01:29

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 京博に二回に東博もですか!
 熱心さに頭が下がります。

 国立博物館の照明は確かにいろいろ問題がありますね。
 前にも書きましたが、中国国宝展で、飛鳥美術の源流と言う触込みで、龍興寺跡出土の観音像が展示されたとき、正面からのみ強いライトを当てており、側面、背面が全く見えないという状況で、ライトを照らして注意された事があります。
 飛鳥美術の源流と言われれば、くの字に折れ曲がった側面観は?、背面の衣文の省略の程度は?と、確認してみたくなるのが人情というものじゃありませんか。
 などと係のおねえさんに言っても、マナーも知らないうるさいオヤジと思われるだけなので、口の中でブツブツ言いながらライトを消しました。
 照明による演出過多も結構ですが、それは映像で見せて頂くとして、私としてはあるがままの姿を拝したいと思っています。
 四日市市立博物館では希望者にライトを貸し出していたというのに、なんと言う違いでしょう。
 きっと東博も同じだと思います。

 (法隆寺金堂に)照明が入り、堂内が開闢以来初めてという明るさに包まれた時、釈迦三尊のすばらしい美しさと、それに伴う宗教的情調の表出に、われわれはもちろん、立ち会われた寺の方々も息をのんで感動したものだ。従来、暗い不十分な光の下に拝して、もっぱら「神秘的」とか「森厳」「古拙」といった評のみを受けて、正当な評価を受けることのなかった釈迦三尊の見事な美しさー。
 この一事をもってしても、仏像は暗い堂内で観照すべきであり、明るい光線のもとでは拝すべきではないという愚論はとり下げてもらわねばならない。
(町田甲一 「仏教美術に想う」より)



[37] Re: 暗すぎる のびあがり - 2005/12/21(Wed) 02:00



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京博の天台展は4回行きました。3回は開館から閉館まで、食事抜きで。4回目は最終日前日、アサヌマ氏の講演を聞いた後は再入場する気力がなくなり帰りました。
東博は寛永寺の薬師三尊のために行くのです。この像は4時間くらい見るつもりでおります。
東博って、平常展はフラッシュたかなかったら自由に写真撮らせてもらえます。奈良博も館蔵品に限りですが、申請すれば撮影OKです。京博だけが一切ダメ、閉鎖的です。まだ行ってないけど、九州はどうなんでしょうか。



[33] 願成就院旧本堂本尊 投稿者:藤鎌 投稿日:2005/12/18(Sun) 08:52

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旧本堂本尊は確かに面白いですね。
建保3年1215年に供養された南御堂阿弥陀三尊の中尊との説がありますね。でも、直前に桑原の実慶を拝み、願成就院新堂諸尊を拝み、その余韻の中で藤原的要素を多く残したこの仏像に接しますと、「制作年代前後逆じゃないの」と感じるのが素直な印象でしょう。むしろ成朝作と言われたほうが納得性を感じるかもしれません。
しかし、実慶、運慶の余韻を外して冷静になれば、鎌倉に入っても藤原的仏像が並行して沢山作られていた重層性もあり、むしろこの像の持つ北円堂弥勒的な雰囲気からも建保3年説も一概に否定できないのかとも迷います。



[34] Re: 願成就院旧本堂本尊 管理人 - 2005/12/18(Sun) 22:23

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 南新御堂の阿弥陀像ですか。すると時代的に本尊と政子地蔵の中間という事になりますが、両像からは全くかけ離れた形式の像ですね。 
 この像は横浜・証菩提寺の旧本像に近いとされているようですが、証菩提寺においても定朝様を色濃く伝える現本尊・阿弥陀三尊像が、後の時代に造られた旧本尊像に代わって本尊となっています。
 東国と言えば、願成就院像以降運慶様式に席巻されたと単純に考えていましたが、藤鎌先生の言われる通り、藤原的な像も好まれ作られ続けていたのでしょう。


[31] 伊豆の平安地方仏 投稿者:管理人 投稿日:2005/12/15(Thu) 09:01

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 藤鎌先生、ご無沙汰しております。
 お気遣い頂き恐縮です。
 私の日記帳のようになってきたので表題を変えなくてはならないかと思っていましたが、藤鎌先生に登場いただけるとは心強い限りです。
 早速、アイコンを造らねば(冗談です)。

 願成就院にも伺いましたが、ご本堂の阿弥陀如来坐像も藤末鎌初の典型のような像で、興味を惹かれました。
 藤鎌先生としては如何でしょうか。

 伊豆地方は、破損仏を含めて平安地方仏がまだまだ眠っていますね。一度じっくりと訊ねてみたいと思っています。



[28] 桑原薬師堂本尊開帳 投稿者:管理人 投稿日:2005/12/12(Mon) 18:35

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 静岡函南の桑原薬師堂に行ってきました。
 桑原薬師堂は、寿永2年(1183)のいわゆる「運慶願経」にもその名を記す慶派仏師の実慶の銘のある阿弥陀三尊像で知られています。
 このお堂の本尊は、薬師堂の名の通り薬師如来像ですが、この像は箱根神社を開いた万巻上人の菩提寺であり、かつてこの地にあった小筥根山(こはこねさん)新光寺の本尊と伝えられている像です。
 昨年の秋に訪ねた時は、60年に一度のご開帳で、秘仏として厨子の中に安置されていましたが、何でも今年の5月頃からご開帳するようになったとのことで、思いがけず拝観することが出来ました。

 写真で拝見するよりもふくよかな面相と体躯を持っており、藤原時代もかなり早い頃の制作と考えられます。膝張りや膝高は大らかな体躯に比べるとやや小ぶりでアンバランスですが、中々インパクトのある像でした。
 私的には、阿弥陀三尊像よりも魅力的でした。

 土・日曜日は桑原区の方が交代で管理されており、お願いすれば拝観出来ます。



[29] Re: 桑原薬師堂本尊開帳 藤鎌 - 2005/12/14(Wed) 21:05



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古佛の若人たちが居なくなるとこの掲示板も一寸さびしそうなので、しゃしゃり出てきました。ご無沙汰です。

私も10月に家内と伊豆旅行の途中、桑原に実慶を訪ねて、はからずも薬師さんに出会って拾い物した気分になりました。
桑原薬師堂、願成就院、修善寺、蓮台寺天神社の藤鎌佛とともに、この薬師さんや南禅寺の平安地方佛を堪能した旅でした。



[22] 読売新聞に掲載されました 投稿者:管理人 投稿日:2005/12/08(Thu) 12:44

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 読売新聞の12月3日の「企画・特集 24時」の「消えた「守り仏」円空  多発する仏像・古美術盗難」
http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/saizensen/saizensen051203_1.htm
に、当研究所の文化財の盗難に対するコメントが掲載されました。

 ご参考までに、一度ご覧下さい。



[20] 京都国立博物館 学叢 投稿者:管理人 投稿日:2005/12/05(Mon) 23:02

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 京都国立博物館の研究論文集「学叢」が、「学叢ホームページ版」としてこっそりと公開されていました。(http://www.kyohaku.go.jp/jp/kankou/gaku/web.html
 「学叢」は昭和54年に創刊されたもので、今年の27号迄発刊されており、各種論文、作品研究、修理報告が掲載されています。
 この中には、檀像系彫刻の諸相1〜3(井上 正)、高野山不動堂の八大童子像と運慶(伊東 史朗)、康尚時代の延暦寺工房をめぐる試論(岩田 茂樹)などの貴重な論文が多く掲載されています。

 実は、数年前迄、1から6号まで京博のホームページに掲載されていましたが、サイトのニューリアルに伴い、いつの間にか削除されていました。
 今回のホームページ版では、一部準備中ですが、創刊号から第27号までほとんどの原稿が掲載されています。
ただ、以前はテキストで表示されていたものが、すべて画像のPDFとなっているのが少々残念です。



[18] 湖南三山 投稿者:管理人 投稿日:2005/11/29(Tue) 17:44

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 11月26日、27日と甲賀に貞観仏を拝観に行ってきました。
 途中息抜きに湖南三山を回りましたが、天気は快晴で「湖南三山同時公開」最後の日とあって、どこも紅葉目当ての観光客でごった返していました。
 何でも、最初の一週間で、三山の年間の拝観者の二倍の人出があったとのこと。
 常楽寺に至っては年間拝観者数約300人に対し、一週間で約4700人が訪れたそうで、あの分では、30年分の拝観者が二週間の間に訪れたことになるのでしょうか。
 長寿寺の大黒さんの言葉を借りれば、お寺始まって以来(?)の忙しさだとか。
 大型観光バスに乗った人が五百円玉に見える〜。



[7] こんにちは 投稿者:大吉 投稿日:2005/11/14(Mon) 22:50

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 こんにちは。いつも楽しくホームページ拝見しています。
 このホームページで知った京都国立博物館の最澄と天台の国宝展というのを見てきました。秘仏の善水寺薬師如来が目当てでしたが、その他の展示もすばらしく、大満足でした。その他、滋賀県櫟野寺の秘仏公開、三井寺宝物展、永観堂のライトアップなども見てきました。どれもこのホームページで教えていただいたもので、おかげで珍しいものばかり見てくることができました、ありがとうございます。これからも情報よろしくお願いします。



[8] Re: こんにちは 管理人 - 2005/11/14(Mon) 23:56

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 訪れ帖が新しくなって、初めてのお客様です。
 最澄と天台の国宝展は来春東京でも開催されますが、京都市内の仏像の多くは東京には来ないそうですので、京都でご覧になれて良かったですね。

 この所、多くのお寺が積極的に宝物等を公開して頂けるようになってきました。私の方も情報を常時ウォッチ出来ていませんのでお気づきの情報があれば是非お教え下さい。
 昨日も、鎌倉国宝館や奈良霊山寺の情報を掲載しなくてはと思ったら、昨日で終了だったので掲載できませんでした(^^;。



[6] 韓国デビュー?? 投稿者:管理人 投稿日:2005/11/08(Tue) 18:47

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 今日、ログを見ていて、韓国のサイトから訪ねてきた記録があったので、調べてみると、
 韓国の翻訳サイトからでした。(
http://j2k.naver.com/j2k_frame.php/
 当ホームページが、見事にハングル文字で表示されていました。このサイトでアドレスを入力すると、ほぼ一瞬で翻訳され、ボタン一つで日−韓を切替えられます。

 このところ韓流ブームであちこちでハングル文字に出会いますが、当ホームページも一足先に韓国デビューか?!
 もっとも韓国語は読めないので、どれだけ正しいかは判りませんが・・・。

 最近、Googleなどでも各国語から英語等へサイトごと翻訳するものが試験的に運用されていますが、
便利になりましたね。
 試しにGoogle翻訳で当サイトのアドレスを入力して英文化してみると、翻訳できない個所があるものの、結構それらしい文章で翻訳されました。
 一時期、英語版のページを作ろうかとも考えたこともありましたが、そのうち不要になるかもしれませんね。

 @nifty翻訳(
http://www.nifty.com/globalgate/
 excite翻訳(
http://www.excite.co.jp/world/
 Google翻訳(
http://translate.google.com/translate_t?hl=ja&ie=Shift_JIS&oe=Shift_JIS



[5] この訪れ帖をメインにしま... 投稿者:管理人 投稿日:2005/11/05(Sat) 02:06

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 旧訪れ帖が取り敢えず生き返りましたが、今後は、この訪れ帖をメインにしますので、こちらの方に書込み下さい。

 三浦さんの書込みが消えてしまったようです。申し訳ありません。
 近況を含め、また、書込み頂ければ幸いです。



[3] 無題 投稿者:三浦裕行 投稿日:2005/10/30(Sun) 02:23

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三浦さんが書き込まれているのを確認しましたが、残念ながらサーバーが落ちたままなので、再現できません。
生き返ったら記入し直します。(管理人)



[4] Re: 無題 管理人 - 2005/10/30(Sun) 02:25

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返事も書いたのですが、生き返らないと何とも・・・。



[1] シンボルマーク 投稿者:梅村美穂 投稿日:2005/10/30(Sun) 02:16

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 私達の新サイトのシンボルマークが決まりましたが、大和守護職筒井氏の家紋である「梅鉢」に落ち着きました。それまでは「下り藤」と「橘」も有力候補で、みんなで色々と競り合いましたが、奈良県に一番多い家紋は「梅」系統であるそうなので、梅を星型にあしらった梅鉢に決まりました。
 改めて思ったのですが、家紋ってカッコイイですね。デザイン的にもかなり優れて洗練されてますね。これは日本独自の文化のひとつだと思います。家紋を新サイトのマークにしようというのは、植田博史さんが提案されたのですが、なかなか面白いナーと感心しました。よく考えてみたら家紋をマークに使ってるHPなんてあんまり見かけませんね。
 で、共同運営の三団体についてもそれぞれの代表さんの家の家紋をマークにすることになって、戦国時代みたいな気分になってきました。 最近は、奈良県の地図とにらめっこして地形や地名を一生懸命覚えています。読めない地名がホントに多いよー。「高天」をタカテンと呼んだら笑われたよー。本当はタカマ。



[2] 家紋 管理人 - 2005/10/30(Sun) 02:17

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 旧家は兎も角、核家族、転勤族の最近の子供などは、自分の家の家紋といっても「なにそれ」いう場合が多いのではないでしょうか。
 かく言う私も、実家で羽織等の紋を見たことはありますが、余りメジャーな紋では無いこともあって、物の本でも見かけないし、そろそろ詳細がウロ覚えになってきています。
 カッコイイという括りで、若者が目を向けるのかどうか。

 地名もそうですが、お寺の名前も微妙に難しいですね。
 日吉館で夏合宿をしたとき、がんこうじ(元興寺)のことを皆で議論していたら、廊下を通りかかった学者とおぼしき老人が「がんごうじと読むんだ」と一言いって通り過ぎていったのを今でも覚えています。
 端から見ると、学生の話しなんだから無視しても・・・、と思うのですが、奈良というところはその辺りの微妙な拘りが今だにあるように思います。