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訪れ帖  神奈川仏教文化研



善通寺にて 投稿者:のびあがり 投稿日:2006/06/06(Tue) 23:30 No.157  
jpa0.gif宝物館の「密教のほとけ」展で珍しい姿の仏像2体を見かけました。
ひとつは弥谷寺の深沙大将。椅子に腰掛けてる深沙なんて初めて見ました。キャプションは11世紀初頭になっていたけど、髪の毛が蛇で口をゆがめた表情はゴーゴンみたいで俗っぽく、鎌倉も末ではという感じ。
も うひとつは円成庵の六字明王。菩薩形で六臂、四天王寺阿弥陀三尊の脇侍みたく片足あげて踊るように立っています。後補ですが半月刀を持ってるので「シンド バット黄金の航海」に出てきたカーリーを連想しました。讃岐に流された崇徳天皇のために造られたというのは説得力あります。
四国は今後まだまだ、とんでもない像が出てくる気がしました。


Re: 善通寺にて 管理人 - 2006/06/07(Wed) 00:41 No.158   HomePage

admin.gif 東へ西へご苦労様です。

 弥谷寺の深沙大将は確かに不思議な像で、深沙大将の倚像は他には無いそうです。
 保存状態が良いためか、一見新しそうで、11世紀初めというには、ちょっとリアルっぽいですね。
 私の知人には、讃岐うどんとセットで東京から日帰りした人がいましたが、私は行けそうにない。
 「国宝になる可能性を秘めた作品もある」とのことですが・・・。



福澤諭吉の生年月日につき... 投稿者:kobayashi-otsu 投稿日:2006/05/31(Wed) 04:55 No.114   HomePage
jpa0.gifはじめまして。すばらしい御サイトに敬意を表明致します。

・福澤諭吉の生年月日(誕生日)につきまして

本サイトの「文化財人名事典(は行)」
http://www.bunkaken.net/index.files/arakaruto/jinmei/ha.html
において、
福沢諭吉
(生年月日)1834.12.12(天保 5)
(没年月日)1901. 2. 3(明治34)
となっていますが、正しくは、
福澤諭吉は、天保5年12月12日(1835年1月10日)生 - 明治34年(1901年)2月3日没であり、
生年月日の記載が不具合のように存じます。
参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』福澤諭吉
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89

なお、正しい和暦西暦変換には、
暦変換WEBツール【換暦】
http://maechan.net/kanreki/
の利用が望ましいと存じます。


Re: 福澤諭吉の生年月日に... 管理人 - 2006/06/02(Fri) 11:02 No.127   HomePage

admin.gif ご指摘有り難うございました。
 早速次回更新の際に訂正させていただきます。

 私事で恐縮ですが、入院していたため返事が遅れ申し訳ありませんでした。
 今後とも宜しくお願い致します。


Re: 福澤諭吉の生年月日に... kobayashi-otsu - 2006/06/04(Sun) 06:02 No.139   HomePage

jpa0.gif管理人様

早速ご回答賜り、有難うございます。

なお、和暦西暦変換webツール【換暦】(http://maechan.net/kanreki/
につきまして、ご参考までに、下記、申し添えます。

和暦西暦変換webツール【換暦】(http://maechan.net/kanreki/
は「和暦⇔西暦」の計算(換算)ソフトではありません。この種のソフトは普通「換算ツール」あるいは「換算ソフト」などと呼称されることがありますが、
【換暦】(http://maechan.net/kanreki/
は、換算ではなくて、実は大変な労力を用いて、和暦の年月日と西暦の年月日を逐一対応させた、設定(一応、変換と呼称)によるものです。
【換暦】(http://maechan.net/kanreki/
は、内田正男編著『日本暦日原典』(雄山閣,1992年)に基づくもので、「和暦⇔西暦」の変換には、現在、容易に利用できる、最も信頼できるWEBツールであろうと思います。
なお、現行の西暦はグレゴリオ暦ですが、和暦・西暦変換は天正10年9月18日(1582年10月 4日木曜日)まではユリウス暦で表現し、その翌日の天正10年9月19日(1582年10月15日金曜日)以降はグレゴリオ暦で表現するのが望ましい
http://www.edu.gunma-u.ac.jp/~hayakawa/seminar/Julian.html
とされます。


神奈川県にある蔵王像など 投稿者:てつ 投稿日:2006/05/31(Wed) 15:30 No.115  
jpa0.gif初めまして。

神奈川県にある修験関係の像を探しております。
ウェブ検索をしている中で御サイトに出逢い、
知らなかった情報が満載で感激しております。

唐突なお願いで失礼かもしれませんが、
神奈川県下にある蔵王像(金剛蔵王像)や、
修験の祖である役小角(役行者)像の在所をご存知でしたら
お寺の名前など、お教え頂けないでしょうか。
御サイト内検索をしてみてもヒットしませんでしたので、
もしかしたら存在しないのかもしれませんが。。

現在、小角像は、
お寺では弘明寺、桜木町にある成田山別院、日向薬師しか見つけておりません。
どういうわけか修験と係わりの深い雨降山大山寺などには蔵王像も見受けられないのです。
同じく鎌倉にも。

神社では八管神社、箱根神社、荻野神社、諏訪明神社、安房口神社などで見つけております。




Re: 神奈川県にある蔵王像... 管理人 - 2006/06/02(Fri) 11:38 No.128   HomePage

admin.gif 先日、神奈川県立博物館で行われた、神奈川県神社庁設立60周年特別展「神々と出逢う−神奈川の神道美術−」で、南足柄・御嶽神社の蔵王権現像が二体展示されており、解説によれば、神奈川県下の平安時代の蔵王権現像は伝世品としてはこの二体だけとのことです。
 また、同時に鶴見・総持寺所蔵の蔵王権現像が二体展示されておりました。このうち一体は平安時代後期の特徴を示す佳作です(他の一体は鎌倉時代の銅造)。曹洞宗の総持寺所蔵ということですが由来は明確では無く、他寺からの流入像と考えられます。
 このほか、蔵王権現の懸仏ですが、吉野神社の像も出ていました。

 役行者は八菅神社のものだけが出ていました。
 少し調べてみますが、役行者自体古いものは少ないので、神奈川県下でも余りないかも知れません。


ありがとうございます てつ - 2006/06/02(Fri) 17:05 No.133  

jpa0.gif管理人様

お調べ頂きありがとうございました。

実は当初、小角像だけを探しており、八管神社の像を観るためだけの目的で神道美術展には行っております。
丹沢方面は修験の色が濃く、もっと沢山小角像があると思っていたのですが、行者ケ岳にあった像は盗難にあっていたりで、
ほとんど見つける事ができず、それなら蔵王像と(笑)

幸いなことに神道美術展のカタログを購入してありましたので、改めて読みなおしてみました。
ご紹介頂いたお寺の情報だけでなく、大山寺にも伽藍に小角の絵があるという記述もありました。ちゃんと読み込んでおけば良かったです。

それにしても少ないです。。
明治の修験道禁止令で相当ダメージを受け、
そのまま現在に至っているのかもしれませんが。。




はじめまして 投稿者:吉住優貴 投稿日:2006/05/30(Tue) 19:55 No.112   HomePage
jpa88.gif管理人様へ。
奈良HP「奈良大和路」の編集管理人、吉住優貴です。
はじめまして。

前身の仏像HP運営時には大和古佛会の方々がお世話に
なったと聞き、同じHPの仲間として私からも改めて御
礼を申し上げます。
この5月26日にリニューアルしてスタートし、松永、三
上らと大和の中世戦国時代をメインにして取り組んで
おります「奈良大和路」、残念にも仏像関係はござい
ませんが、お気軽に楽しんでいただれば幸いです。

それでは失礼いたします。


Re: はじめまして 管理人 - 2006/05/30(Tue) 23:14 No.113   HomePage

admin.gif ご丁寧なご挨拶有り難うございます。
 我々はバカの一つ覚えで成長しておりませんが、皆さん新しいことに抵抗無く挑戦されて羨ましい限りです。

 貴ホームページの繁栄と皆様のご活躍をお祈りしております。


ジャンク書き込み対策 投稿者:管理人 投稿日:2006/05/29(Mon) 01:19 No.97   HomePage
admin.gif ジャンク書き込みの対策もしてないの!と言われてしまいましたので、奮起して、対策を講じました。
 しかし、本来の書き込みまでブロックしているのではと少々心配です。
 書き込み出来ない方がおられましたら、メール等でご連絡下さい。
 メールは、管理人の文字をクリックして下さい。


特攻隊でもあるまいし 投稿者:管理人 投稿日:2006/05/24(Wed) 23:24 No.82   HomePage
admin.gif ご丁寧なご挨拶痛み入ります。
 ネットの世界は垣根など無くどこかで繋がっているのです。

 人間の考えること、興味を持つことなんて所詮釈迦の掌の世界、そんなにかしこまらずに、ゆったりと行きましょう。

 


お世話になりました。 投稿者:三上佐和子 投稿日:2006/05/24(Wed) 20:59 No.81  
jpa60.gif 新サイトに仏像はございませんが、中世史にご関心がおありでしたら、遊びにいらして下さいね。
 お世話になりました。目の快癒をお祈りいたします。


サヨウナラ 投稿者:高山亜弓 投稿日:2006/05/24(Wed) 20:56 No.80  
jpa53.gif美穂さんに続いて亜弓もお別れを書くのデス。

神様、これからもがんばって仏像サイト世界を盛り上げていってクダサイ。敬礼!(ビシッ)


伊46号から最敬礼! 投稿者:梅村美穂 投稿日:2006/05/24(Wed) 20:50 No.79  
jpa40.gif神様、伊46号潜水艦は柳沢亮二艦長の指揮のもと、完全浮上まであと二日となりました。古佛が建造した最後の切り札が、新たな世界への門出を迎えます。
さらば古佛、さらば仏像サイト世界。試行錯誤の四年間でしたが、その蓄積が伊46号を生んだのですね。
新サイトは、奈良や奈良の中世戦国期をメインとする武士や城郭のサイトになるので、仏像とは完全に縁が切れます。私たちがこれから向かうのはサイト数800余、読者総数10万人と称される46系の広大なネット世界です。

これより伊46号の最終電文。

「仏像ネット世界に神様がいて下さったことが、私たちの幸せでした。限りない感謝と尊敬を込めて、伊46号総員、神様に最敬礼!」

さようなら。いつまでもお元気で。



立石寺に行ってきました 投稿者:のびあがり 投稿日:2006/05/23(Tue) 01:39 No.55  
jpa0.gif5月20日の夜京都駅前出発の山形行き夜行バスはその名も「アルカディア号」で、気分はすっかりキャプテンハーロック。
21日の朝、まず立石寺根本中堂で初老のお坊さんに声をかけ、いろいろお話しをうかがいました。
「慈 覚大師頭部や金棺を指定文化財に、という話は何度もあったが、信仰上の理由で拒み続けてきた。しかし後世に残すためには保存すべきだと文化庁からきつい指 導を受け、指定を承諾した。今後は入定窟にはもどさず、別の所で保管し、博物館への出品もしていく。遺骨は新しく造った棺に入れて、入定窟に納めてある。 DNA鑑定まではしてないが、1体は古さからいってたぶん慈覚大師の骨だろう。薬師は平成25(2013)年に開帳。5月か10月か、気候のいいころ に。」
とのことでした。

9時に宝物館が開きました。ガラス越しですが、明るいし間近で見れました。円仁頭部像は、面奥の深い点に 興味を抱きました。ほぼ同時期に同じ東北で造られた黒石寺薬師の面奥はとても薄いのに・・・。しかも、棺に入れた後は人目にふれることを想定しなかったは ずの頭部像。はたしてこの奥行きの持つ意味は?単なるデスマスクのようなものとは本質が違うのか?などと考えながら見ていました。ただ、展示は本来の祀り 方ではなく、新補の厨子内の金ピカの蓮台上に置かれていたため、なんだか「さらし首」のようでした。隣には金棺が展示されていて、昭和24年調査時の白黒 パネルもかかっていて、太い人骨が散乱する棺の中に木彫の頭部が転がっているという鬼気迫る写真でした。もし頭部がこの金棺内に入った形で展示されていれ ば、像の真価が発揮され、これを彫った人や彫らせた人々の、大師に対する気持ちとか祈りの念が、よりいっそう感じ取れたのでは、という気がしました。いず れにせよ、こういったものが現代に伝わったのは「奇跡」だと思います。一気に国宝指定でもいいような。

午後は山上へ。天気がよかったので参拝者はかなり多く、にぎわっており、山内は松柏年ふり土石老いてコケ滑らかなれど岩上の院々とびらを開けて人の音聞こえ、岩にしみいることは決してありませんでした。

こういった特別公開は情報が入ってこず、終了してから知って残念に思うことが多かっただけに、このサイトで教えていただいたことを大変感謝しております。ありがとうございました。





Re: 立石寺に行ってきまし... 管理人 - 2006/05/23(Tue) 18:37 No.65   HomePage

admin.gif 当方では、その方面のネットワークも少なく、観仏三昧さんのように系統だっだ紹介が出来ず申し訳なく思っています。各新聞社にお願いしても、著作権などという「葵の御門」をふりかざされて、なかなか協力頂けないのが実情です。
 また、展示会等も、タイトルだけでなく、出品される展示品の内容もお知らせしたいので、どうしても情報が遅くなります。
 今回は、たまたま入手しておりましたので、間に合って何よりでした。

 慈覚大師頭部は、遺骨を納める構造になっており、当然奥行きがあるものと勝手に思っていました。実際には頭蓋骨はなかったのだから、奥行きは必要ないと言われれば確かにそうかもしれませんが、黒石寺薬師の薄さは特別ですので、比較は難しいような気がしますね。