第一章 日光・二荒山考 −−名義を中心に−−

一、 はじめに
二、 
「二荒」の名義、諸説
三、 
「二荒」の名義
四、 
「二荒」から「補陀洛」へ
五、 
おわりに

 

 三、 「二荒」の名義

 ではフタアラまたはフタラの語義は何だろうか。

上代語においてフタは名詞・動詞を修飾し、形状言を修飾することがない。また形状言アラは名詞を下接するか、形容詞・動詞の語根の一部となるが、独立して用いられることはない。そこでフタアラヤマのもともとの語構成は、フタアラ・ヤマでなくフタ・アラヤマであったと考えるのが自然である。つまり「二つの、荒い山」の義である。後にそれが言い習わされて、フタアラが連語のように意識され、「フタアラのヤマ、フタラのヤマ」とも呼ばれ、そこにいます神を「フタラノ神」(延喜式九条家本)とも呼ぶようになったということになる。

hspace=15 そのフタは二と解され、古来の説にいうように現在の男体山・女峰山を並べてとらえたのだと思われる。万葉集にも大和と越中の二上山がみえ、また紀路の妹背の山や常陸の筑波山もみえて二峰を男女一対としてとらえた観念の存在が知られる。常陸国風土記にも筑波山の二峰の一を雄の神と呼んでいる。並ぶ二峰を男女の山としてとらえる思考は古代において一般的であった。

 ではアラ山とは何であろう。

 上代語アラは、形状言として名詞を下接し、また形容詞・動詞の語根ともなって多くの言葉を派生している。たとえば「荒野」は人手の入らない野であって、そこは神霊が支配しているゆえに、人からすれば荒涼としている。地名「荒津」は荒々しい属性をもった神の支配する港の意だから、「神さぶる荒津の崎に寄する波」(万葉集巻十五・三六六〇)、「荒津の海われ幣まつり斎ひてむ」(同十二・三二一七)と、「神さぶる」といわれ、幣を奉るべき地である。

 「荒波・荒潮」という自然現象も、海の神霊によって引き起こされるものであり、「荒風」もまた神のしわざにほかならない。「いづの真屋に麁草(あらくさ)をいづの席と苅り敷きて」(出雲国造神賀詞)とある「麁草」は神聖な敷物になる材料としての、霊威のこもった野生の草である。山から切り出してきたばかりの加工前の木は、やはり霊威こもる「荒木」である。「大目麁籠(おほまあらこ)」にこもって彦火火出見尊は海に出かけたが(神代紀下一書)、その「麁籠」は目が粗いというばかりでなく無事に海の旅のできる威力ある乗り物であった。

 このように上代語アラはただ客観的に荒々しい、粗いなどの意味をもつばかりでなくて、人間の側からする神霊への畏怖の感情を含んでいる。人為の及ばない、あるいは人為を超えた自然の状態や現象、また物や物の状態を古代人は神霊の状態・作用として把握したが、その神霊の一つの属性がアラであった。だからアラの属性をもつものを、人は恐れ敬わなければならない。

 さて、「真木の立つ荒山中」(万葉集巻三・二四〇)などとあらわされる「荒山」も、杉や檜を生やす荒ぶる神霊の領する山であり、その顕現として荒涼とし、荒々しいのである。平野の奥に秀でた高さをもち、人を寄せつけない男体・女峰の二峰も、古代の人々にはまさに「荒山」の名にふさわしいと感じられただろう。

hspace=15 また、記紀・風土記には、「荒神」「荒ぶる神」が多く登場している。「荒神」と出ているものも一般に「荒ぶる神」と訓まれているが、アラガミという訓もあったかもしれない。その「荒神」「荒ぶる神」は、記紀では地方の山河にいて荒れすさび、神武天皇や倭建命に平定される悪神であり、風土記ではやはり地方神で多く交通を妨害する神としてあらわれている。延喜式神名帳の中にも「荒」(アラ)を含む神社名が「荒木神社」(伊豆国田方郡、丹波国天田郡)、「荒島神社」(越前国大野郡)、「荒坂神社」(因幡国法美郡)など二十ばかり数えられ、これらに含まれるアラも霊威の強いという意味をもつはずである。中でも「大荒比古神社」(近江国高島郡)などはオホ・アラと形状言が二つ重なる語構成で、フタ・アラを考える場合の参考になる。

 古代の人々が男体・女峰の二山を対でとらえ、そこに荒ぶる神霊を感得し畏怖して「二つの荒い山」と呼んだのが「二荒山」の語義であろう。

 なお、先述のように近藤喜博氏は、「アラ(荒)」を「現われている」と解し、つまり「男体・女貌の二山が顕現している」意味だとしているが、「アラ」の「荒」という表記や中心的な語義を考えれば、強いて「現われている」の意味に導く必要はない。