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第六章 洛山寺考――朝鮮の補陀洛の成立について――
一、はじめに
二、洛山寺の開基伝承
三、梵日の伝承と普陀山
四、洞窟の観音・竜神信仰
五、おわりに
一、はじめに
ソウル、景福宮のそばにある国立民俗博物館の一室に、百済の祭祀遺跡を推定・復元したミニチュアの景観が展示されている。崖の上の平地で祭官らしき装いの人物たちが立ち居し、かたわらには供物用の陶磁器や土器が並べられている。眼下の青い海には帆船が数艘浮かんでいる。それは、全羅北道、扶安郡格浦里の竹幕洞遺跡の景観で、日本語版の図録(注1)には、その祭祀について、
祭祀の性格は、遺蹟所在地の地理的条件と深い関連がある。辺山半島の最西端にあるこの竹幕洞遺蹟は、この一帯でもっとも高いところに位置し、七山の海を眺望に適した好条件を備えている。したがって、ここは沿岸を通り過ぎる船舶や当該地域の漁業権をつかさどる人々が祭祀を行っていた遺蹟であろうと考えられる。祭祀の目的は航海の安全や豊漁の祈願であって、格浦里で口伝として伝えられる竜信仰や開陽老媼の伝説などがこれを裏付けている。と説明されている。この竹幕洞遺蹟は三国時代の百済の祭祀遺跡として発掘・調査された最初のものらしい。三国時代、海上交通や漁労活動にかかわる祭祀の場所は、むろんこの遺蹟に限られなかっただろう。往時の近海におけるさかんな漁労活動とともに、三国の中国や日本との関係が危険と隣り合わせの海上交通によって結ばれていたこと、そしてそのたくましい海上交通を通じて文化もさかんに運ばれていっただろうことをこの復元景観は印象深く教えてくれる。朝鮮の補陀洛と称される洛山寺の成立についての考察にも、この海上交通への視点が重要となる。
朝鮮半島の東海岸の中ほどに、韓国江原道襄陽(ヤンヤン)郡がある。襄陽郡は三国時代には高句麗に属して翼
県あるいは伊文県と称し、統一新羅時代には翼嶺と称した(東国輿地勝覧)。五峰山洛山寺(らくさんじ。現地音ではナクサンサ)はその襄陽郡降
面の、広大な東海(トンヘ)に面した丘の上にある。現在寺域には観音を祀る円通宝殿や宝陀殿、高さ十六メートルの海水観音像のほか、海に面して開基伝承にゆかりの義湘台、紅蓮庵などが散在し、多くの参拝客を集めている。周辺には美しい海に面して白砂の浜が広がって行楽の場となり、海産物を購う店も立ち並び、現在洛山地区は韓国の観音信仰のメッカであるとともに、東海岸の有力な観光地と化しているようだ。
(注記)
(1)『国立民俗博物館』(二〇〇二年十月再版)
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