第五章 常世と補陀洛

一、 はじめに
二、 
常世信仰とその変質
三、 
常世神と観音
四、 
補陀洛の常世化
五、 
習合の様相
六、 
おわりに

 

  六、 おわりに

 日本で補陀洛の存在は、海にばかり思われたのではなかった。日光の男体山、また月山中腹の「東補陀洛・西補陀洛」などは山であるし、熊野の那智も山の要素が不可欠である。また補陀洛を名乗る寺院の縁起の類には、「ここは補陀洛山なり」と山の要素を重視しているものが多い。たしかに経典に説かれた本来の補陀洛でも山の要素は核になっており、その限りではそれらも経典の記述に符合するといえる。けれども、それら日本国内の補陀洛は本来の補陀洛の、いわば写しとしての補陀洛であるという二次性を免れなかった。もし那智が本来の補陀洛だと観念されていれば、那智の浜からの補陀洛渡海の史実はなかったことだろう。渡海者たちは、本来の補陀洛を求めて海に乗り出したはずであった。その意味からいえば、日本では本来の補陀洛が山ではなく海のかなたに求められたのだった。

 しかし、渡海者たちが渇仰したその海のかなたの補陀洛も、実は日本において、古来の常世信仰との重層、習合により、ほとんど新しく成立したものであった。補陀洛が常世化することによって、日本的な他界の一つとして成立したのである。たしかに常世信仰は、民族の心意の基層に潜在して、後世の他界観にまで強い影響を与えてきたのだといえるだろう。

 それにしても、補陀洛渡海者たちは生きようとして死に、死んで生きようとした。そこには「〈死〉の意識と重なりながら、なお、それからはみ出す、強烈な〈生〉の意識」が認められると益田勝実氏はいう(注17)。補陀洛では、死と生とがまばゆい観音の光のもとに横たわっている。他方、常世も死と再生の場所であった。生、死、そして再生――常世も補陀洛もこれらの要素を、あるいは人間の主題を共有している。前には、分析的・歴史的な立場から両者の習合の要因を挙げたのだが、それらともかかわりつつ、本質的な要因はここにこそあるといえるのかもしれない。 逸脱を恐れずにいえば、さらにその奥にあるものは、有限な人間の永遠性への希求であろう。

 

  (注記)

(1)十六世紀中ごろ、日秀上人は渡海して沖縄本島東岸の金武に漂着し、自らそこを補陀洛世界と観じた。琉球で活躍した後、薩摩に渡り、その地で没した(開山日秀上人行状記など)。史実としては、これが補陀洛渡海僧が帰還した唯一の例か。

(2)益田勝実「フダラク渡りの人々」(同『火山列島の思想』所収、初出は一九六二年)、五来重「補陀落と常世」(同『仏教と民俗 続』所収、一九七九年)、豊島修「海上他界と補陀落信仰――熊野那智の補陀落渡海を通して――」(同『熊野信仰と修験道』所収、初出は一九八七年)など。

(3)安永寿延「常世の国――日本的ユートピアの原像――」(「文学」、一九六八年十二月号)

(4)折口信夫「琉球の宗教」(『全集』第二巻所収、初出は一九二三年)。また、比嘉政男『沖縄民俗学の方法』一一六頁(一九八二年)。

(5)参考、注3の論文。また、吉井巌「スクナヒコナの神――神統譜から締め出された神――」(『天皇の系譜と神話 二』所収、初出は一九六八年)、神谷吉行「少名毘古那神と王権伝承――常世国からの顕現をめぐって――」(「相模国文」二〇、一九九三年三月)、西澤一光「上代文献における「常世」をめぐって」(「青山学院女子短期大学紀要」四八、一九九四年十二月)。

(6)谷川健一『常世論』六二頁(講談社学術文庫版。単行本は一九八三年)

(7)折口信夫「妣が国へ・常世へ」(『全集』第二巻所収、初出は一九二〇年)

(8)川平村の歴史編纂委員会『川平村の歴史』(一九七六年)。

(9)このような仏教的他界観の日本の民俗的風土による変容については、山折哲雄氏に論がある(「仏教的世界観と民俗的他界観」、『仏教民俗学大系 3 聖地と他界観』所収、一九八七年)。

(10)第二章参照。

(11)注6の書には、「常世は死者のたましいのおもむく世界というだけではない。それは日本人の無限の経験の記憶の集積がいつしか無意識化されて沈殿しているところである。そこからして、常世は日本人の認識の祖型であると考えねばならぬ。常世は日本人の認識の祖型なのであるから、それは幾千年もまえから今日にいたるまで、たえず再生し、増幅される」とある(六三頁)、また、「補陀洛渡海は常世の観念の延長上におこなわれた行為であった」(三七頁)などの言及もある。

(12)沼義昭「海と観音」(『日本人の信仰 限りなき慈しみ 観音』所収、一九七九年)

(13)根井浄『補陀落渡海史』(二〇〇一年)

(14)第四章参照。

(15)村上直次郎訳・渡辺世祐註『耶蘇会士日本通信 上巻』(『異国叢書改定復刻版』、一九六六年)

(16)根井浄「外国人がみた補陀洛渡海」(注13の書所収)に詳しい。

(17)注2の論文。