稲沢仏像旅行道中記 (平成20年5月10日〜11日)
高見 徹
〜行程〜
5月10日(土):名古屋 10:00集合 亀翁寺 → 長光寺 → 常楽寺 → 無量光院 → 安楽寺 → 名古屋泊
5月11日(日): 清洲城 → 国分寺 → 法華寺 → 一宮市博物館 → 名古屋市博物館 → 名古屋駅解散
←第一日目
5月11日(日)(第二日)
ホテルを8:30に出発するが、9:00前には稲沢に到着。 国分寺に向かう途中、「清洲城」の看板がある。若干時間があるため、天下取りの清洲城を車窓からだけでも眺めようと、駐車場に入る。 駐車場から五条川に真っ赤な橋が架けられており、対岸にこれも真新しい天守閣が眺められる。駐車場側には石垣の址が復元されている。
清洲城は、弘治元年(1555)、那古野城から入城した織田信長が桶狭間の合戦へここから出陣し、大軍・今川勢に大勝したことから、天下取りの城として知
られ、信長公の偉業を継ぐ2人の天下人豊臣・徳川のお膝下で「東海の巨鎮」、「天下の名城」などと賞賛を博すが、慶長18年(1612)に徳川家康が名古
屋に移る(清須越し)に当たり、天守閣や石垣の一部などが流用・移築されて廃城となった。 現在の清洲城は旧・清洲町の町制100周年を記念して、平成元年に芸能文化館として再建されたもので、本来のお城はもっと町中にあったそうだ。石垣なども別の場所で発見されたのを移設復元したのだという。 駐車場脇に無料休憩所があるので、お茶をご馳走になる。 小さな売店には、信長もなかや清酒清洲城信長・鬼ころしなどがならんでいる。朝早いこともあってか、観光客は誰もいないが、地元のバスの運転手さんも初めて来たとのことだった。
国分寺 臨済宗妙心寺派 鈴置山 愛知県稲沢市矢合町2490
釈迦如来坐像 重要文化財 鎌倉時代 像高60.7cm 桧材 寄木造 玉眼
釈迦如来坐像 重要文化財 鎌倉時代 像高103.1cm 桧材 寄木造 玉眼
伝覚山和尚坐像 重要文化財 鎌倉時代 像高84cm
伝熱田大宮司夫妻坐像 重要文化財 鎌倉時代 像高男子像60.7cm、女子像60.9cm
尾張の国分寺は,現在の国分寺からやや南方の畑地にあり、発掘調査の結果,金堂や塔の基壇跡や塔の心礎が確認されという。
広い境内には丁寧に手を入れた庭木が整備されている。本堂の手前左側に収蔵庫があり、重要文化財の像が安置されている。 この寺には二体の宝冠釈迦如来像がある。宝冠釈迦如来像自体珍しいが、二体もあるのは聞いたことがない。
一体は本尊として中央に安置される。頭上の宝冠は後補ではあるが透かし彫りを施した八角形のもので、当初の同様なものが載っていたと考えられる。複雑な衲
衣の衣文も上手く纏めており、手慣れた印象を受ける。 光背は二重円相の周縁に雲焔を透し彫する精緻なもので、台座も八重の豪華なものである。鎌倉最末期
の制作と考えられる。 本尊の右に安置されるもう一体の宝冠釈迦如来像は、頭上に大きめの宝冠を戴いている。この宝冠は、唐草文様等を透かし彫りで表す意匠や、上方に広がる形状など南北朝時代の彫金技術の特色を示している。 亀翁寺の虚空蔵菩薩像に像高、像容ともよく似ているが、複雑に表された衣文もやや荒く、鎌倉最末期から南北朝にかけての制作と考えられる。 伝覚山和尚坐像は、鎌倉時代の禅家頂相彫刻の典型的な作例で、への字に固く結んだ唇や鋭い眼光を見せる両眼などに主の強い意志がうかがわれ、禅僧老相のさまをみごとに表現している。
法華寺
愛知県稲沢市法花寺町77
薬師如来坐像 重要文化財 藤原時代 像高146.4cm 桧材 寄木造 漆箔 彫眼
尾張国分尼寺があった場所とされている。古い時代の礎石も残されているという。 本尊薬師如来坐像は、半丈六の大きな像だ。明るい本堂の須弥壇に安置されているが、厨子がないため正面、側面から間近に拝むことが出来る。伏目がちの温雅な相好や浅く穏やかな衣文の彫り口などは、定朝様系統を引く一例であるが、当地での制作と考えられる。 帰りに、もうほとんど残っていないのですがと恐縮されつつ、本尊薬師如来坐像の絵葉書を頂く。
右の写真は、頂いた絵はがきから借用した。 安楽寺 臨済宗妙心寺派 船橋観音 愛知県稲沢市船橋町30
県道から法華寺に向かって入ったところに、安楽寺の大きな収蔵庫がある。 仏像はお堂の修理のために全て名古屋市立博物館の方に寄託されていると聞いていたが、お寺の佇まいだけでもと思い、立ち寄る。 収蔵庫の前に続く桜並木の長い参道が畑の中に続いている。法華寺でお伺いすると、桜の季節は見事だのこと。早春の風景が眼に浮かぶようだ。 稲沢市の資料によると、本堂は濃尾大震災で倒壊した後、明治34年(1901)に古材を用いて復旧された立派な建物だそうだが、本堂や庫裡らしき建物や、敷地も見当たらない。お寺自体は離れた所にあるのだろうか。
一宮市博物館(一宮市大和町妙興寺)
阿弥陀三尊像 県重要文化財 本尊 鎌倉時代、脇侍 南北朝時代 長隆寺旧蔵 本尊 像高150cm 脇侍 178cm
一宮市内の長隆寺に伝わる像であるが、現在無住となっていることから、修理を行った後、当博物館で保管・展示されている。 全体に穏やかな像であるが、張りのある面相、体駆や衣文の表現にも力強さが現れており、藤原時代の様式を残す鎌倉初期の制作であると思われる。慶派の様式を伝えている。 二重円光の光背には上部と左右の3ヶ所に化仏を表しておい、方形の裳懸座と共に古様を示す。 両脇侍はやや面長な面相や、下半身の複雑な衣文の表現などから鎌倉時代末期から南北朝の制作と見られる。 一宮市博物館は妙興寺の境内の一角に建てられており、博物館から出ると妙興寺の境内に入ることができる。 妙興寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、一宮市きっての名刹であり、尾張地方でも最大の寺の一つと言っていいだろう。広大な境内は雑木林に囲まれており、林の中に多くの堂塔がひっそりと建ち並んでいる。 主な建物だけでも、総門、勅使門、重層門、仏殿、本坊、鐘楼が並び、そのほか左右の林の中には塔頭がいくつもある。 境内はいかにも禅寺らしい静かな雰囲気で散策には最高だ。
本坊の横には、新陰流開祖上泉信綱が修行した。無刀取り発祥の地の碑がある。柳生新陰流の創始者として知られる柳生石舟斎宗厳は、かつて上泉信綱と立会を
申し込み、弟子の疋田文五郎に完敗したことから上泉信綱に入門を乞い、後に新陰流皆伝の印可を受けたそうだ。本坊の玄関を入ると、重厚な作りの広い板の間
になっており、道場破りにでも来た雰囲気で思わず「たのもう!」とでも言いそうになる。 この付近の重厚な雰囲気は、京都辺りの禅寺と比べてもまったく見劣りしないであろう。 堂の多くは兵火、火災、美濃大地震などで幾度も灰燼に帰したがその度に再建され旧観を保ってきた。
一宮から名古屋市内の市立博物館までは高速道路で行く。高速に乗る手前で、大きな虹に遭遇。虹を見るなどというのは何年ぶりだろう。しかも、普通の円弧状の虹とは違い、ほぼ水平線と平行な真直ぐな虹だ。 珍しい虹だとみんなで感心。かえって調べて見ると、日本でも各地で見られる現象のようで、ネットでも多くの報告例があった。 気象学的には環水平アーク又は水平環と呼ばれるもので、原理的には虹とは全く違い、虹は太陽光が雨粒に反射して発生するのに対し、環水平アークは上空の氷の結晶の方向がほぼそろったときに、太陽光がこの結晶で屈折しておこるそうだ。 一般の虹が太陽とは反対の方向に見えるのに対し、環水平アークは太陽と同じ方向に、ほぼ水平に現れるという。 見える位置としては、太陽の真下46度のあたりと決まっており、太陽の高度がそれ以上に高くないと見ることはできないという。 確かに、5月に入ってお昼頃だったのでその条件が揃ったのだろう。

名古屋市博物館(名古屋市瑞穂区)
今回本堂修理のため拝観出来なかった船橋安楽寺の諸像が、名古屋市博物館のテーマ展示「尾張の仏像」に出品されていると伺ったため、最後に博物館に立ち寄る。
「尾張の仏像」では、尾張地方に伝わる下記の四体の仏像が展示されていた。
十一面観音菩薩立像 重要文化財 稲沢市 安楽寺蔵 兜跋毘沙門天立像 県指定文化財 稲沢市 安楽寺蔵 十一面観音菩薩坐像 県指定文化財 小牧市 賢林寺蔵 十一面観音菩薩立像 市指定文化財 名古屋市 成願寺蔵
安楽寺のその他の仏像は、展示されておらず、展示予定もないとのことであった。案内の方経由で学芸員に確認してもらったが、博物館で預かっていること自体公表していないのに何で知っているんだといわんばかり。 こちらはお寺からお伺いしているのに。 最近何度か同じようなことがあったが、情報公開が叫ばれている昨今、未だにお役所根性が根強くあるのかとがっかり。 それともお寺の収蔵庫より、名古屋市博物館の方が防犯体制が脆弱なのか?
兜跋毘沙門天立像 県指定文化財 平安時代 像高84.5cm 総高102.7cm 榧材 一木造
唐様甲をつけ、地天の掌上に立つ典型的な兜跋毘沙門天立像で、小像ながら、迫力のある像であるある。足下の地天まで本体と共木から彫出している。両眼を大く見開き、やや上下に押しつぶしたような体躯は、マンガチックではあるがモデリングは的確で、古様を示している。 制作は藤原期も早い頃のものと考えられる。
十一面観音立像 重要文化財 平安後期 像高97.8cm 榧材 一木造
像は腰をわずかに左にひねり、右足を踏出して立つ。面相も優しく、衣文も浅く穏やかで、制作は平安時代後期と考えられる。
今回は拝観できなかったが、その他の船橋安楽寺の像としては、下記がある。 阿弥陀如来坐像 重要文化財 平安後期 像高145.3cm 桧材 寄木造 彫眼
釈迦如来坐像 重要文化財 平安時代 像高142cm 桧材 寄木造 彫眼
銅造阿弥陀如来坐像 市指定文化財 鎌倉時代 像高7.95cm 膝張5.65cm。
本尊厨子 市指定文化財 室町時代 一間入母屋造妻入、木製本瓦葺、間口三尺、奥行二尺
稲沢市は初めて訪ねたが、歴史的にこんなに主要な場所だというのは正直知らなかった。 歩いてでも回れるようなエリアにこれだけ歴史のある寺や文化財が集まっているというのも珍しいが、それだけに歴史的背景の深さを感じさせる街だった。 仏像としては、平安中期以降の像が多いが、その中にも常楽寺の像など先駆的な要素を持つ像もあり、興味は尽きない。
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